よろしくかむかえること かむ むかえること 思考 おもいいつくしかむ かむえること
meritのminus
meritのplus
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そこにあることです
もしも
そこにある品物を知らないと
いつまでも
御徳は
何ものかは知らないと
いう事です
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
既に
人生の早期に全部知り
御徳なら
自由は
ある
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
どこにあるか
詳しく検査してみたらいいのですが
それを
面倒くさがると
大損する
いつまでも
過信
自身
を
自分のIMAGEに固執して
はなれないから
乖離すは無い
解離
どうやっていきるか
その人の
向かう
生き方の
選択だが
核になる
COREの
部分が
⓪
徳目の徳の部分で
全体の中に
何が
詰め込まれあるのか
が
大事
な
問題
といつめる
題目
御題目は
一体
何か?
価値あるか
無いか
知る事は
私的な
行為
鑑査
観察
監査
検分
検査し
検査の指標は
無数にある
指標の一つ一つを
根拠を
明確にして
組み合わせて
アセスメントを
出します
貨幣価値の計算も当然します
また
貨幣価値を含まない計算もします
また
貨幣価値と
貨幣価値の含まない計算を
同時にします
三つの主軸を
同時に
計算して
暗
算
マトリックシステムは
それは
直ぐに可能
GOODは
GOOD
なので
不完全な人に
それを触っても
叩いて
砕いて
踏みにじっても
粉々にしても
GOODは
GOOD
それを知っているかどうか
不敵では無い
おそれを十二分知っている
しかし
て
おそれは
一体
何に向けたおそれであるか
問題だ
質問のテーマ
自分のはじを晒す
おそれ
か
自分を知り尽くす事の自らの中にあるおそれか
自分のIMAGEが崩壊して
事実を
誠実に受け止める行為を
選択するのが
嫌で
嫌で
仕方ない
おそれ
か
拒否という
行為を選択する
意図がある
否認の
行為は
一体
何か
の
根源です
アディクションは
アディクション
A
D
IC
TIO
もしも
そうして
自己を
いつまでも
丁寧扱うをしないで
荒く
須佐ブル
どうでもいいいんだと
いう雑な
対応では
慈愛ある世話とは言わない
マルトリート
MALTREAT
Treat
滋養を提供する世話ですから
トリートは
トリートメントは
滋養慈愛仁慈滋味の結実なので
クレメンス
ピア
ドルチェ
寛容
仁慈
甘美
です
滋味
仁慈
いつくしみをお互いに
贈り物とする事を
明確に
選択する事
侵害して
悦ぶ事をしない事です
意図して
侵害をして
その
痛みを知って
更に
悦ぶのは
行為として
その者が自分で
明確に
選択している証明である
証拠品の一つ
わらったのは
わらった
そうして
自分を行為の結果を
受け止める事に
誠実に
まむかうふる
そうしないと
荘厳では無い
セレニティ
ソブラエティは
何も入れない
素朴
そのものを
保持します
純粋な品物は
純な品物
粋
とは
そのまま
の
そよう
の
限りない
尊重
かっこうつけることをしなくて済みますから
いきやすい
何かに
拘る必要が無いので
完全に自由なのです
から
自由を
いつまでも
喜悦として
実際に
よろこび
よろこふる事
能
あたい
あたう
あたふる
のですから
素晴らしい
栄光の
蔭です
自分の手柄
勝ち得た
商品では無いのです
もらい物
全て
天から
地に下りきてある品物です
全部
必要十二
の
品品
御品物
それを
受け皿には
正に
汚れ無い受け皿
を
予め用意して
受け止める事を
いいますので
御徳は
そこにある
いつまでも
誰からも
踏みにじられて
喪失する事は
無い
その御品物です
山のように
積み重ねていつまでも
いつまでも
増える品物
御品物
おしなもの
のるいるい
です
類類
シャルルとは
CFARITE
なんで
永久に消えない増える事の
仁慈慈愛慈徳実なる仁愛の事
そのもの
いつくし
わたしつのめ
あてら
こてら
照らす方そのもの
ですから
消えないね
決して
不完全な人は
仮面をつけて
まとう
まんとうを
そして
だまくらかす
だれでも
夜の者の闇は
つこもり
闇は
光を
しりえないから
そもそも知りたくないのです
ひかりを
そこに
その存在を
たしなむ
たしなみ
なみがある
これは
誰も
手を加えることもできない
その者の
意向は
明白だから
確実なので
尊重す
自由を
永久に
ひさしく
ながく
とわに
これこそ侵害は一もしない
自由の尊重と
尊厳なのです
から
正に仁慈慈愛の事の行為の明白明確な果実です
南山堂