ななつ の  大いなる大罪 は自分の存在を完全に拒絶して終わりのない明確な意図です。 | mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~

ななつ の  大いなる大罪 は自分の存在を完全に拒絶して終わりのない明確な意図です。

ななつ の  大いなる大罪 は自分の存在を完全に拒絶して終わりのない明確な意図です。

 

 

そこにある果実は

 

そうして

ねたみ

ぬすみ

 

むさぼる

 

他人

他者を

 

 

みては

 

ねたみ

 

そねみ

 

あてこすり

 

 

すねる

 

 

そして

自滅する

 

存在自体を

 

わたしは

 

しわせではない

 

自分を

自分で

断罪し

滅びますと

判断し

処断するので

 

そこで

他人を

複数人

 

巻き込みたい

となる

 

その妬まし

羨みは

恨めし

 

怨み

 

まったく

そのもの

 

光を

知らないから

なる次第

 

 

恐怖ですよ

 

 

これはね

その人自身が

内在し

その意向を

求めるのですから

永久に

 

灯を

消したい

ふっけして

 

生命の

生を

どこまでも

破壊し

踏みにじるのです

 

 

 

木に喰わないと

 

そんな事をして

 

何か満足などするはずがないのです

 

 

それでも

 

恐怖は

どこまでも

意固地に

傾く

のです

から

 

誰も

止める事が

出来ない

 

自分で

自分を知る事以外

そして

 

その時

支援

 

HELPを

求めないのは

 

怠惰と

いう

大罪の中の

大罪なのです

 

 

おいいなる罪

とは

 

行為の怠惰の事

 

HELPを信に

真に

誠実に

 

力のある

その者に

完全な者

完全にAlmightyで

完全に善徳者に

 

 

求め

意図を示す事を拒否するのです

 

傲慢といっている

 

 

南山堂