アール
art brut
人間は
生きているから
作為す
から
意図した
作品は
生産す
オリジナルは
ユニークなる
それ
ただ
一つ
その方
イメージした
具体
を
知らせた
媒体
メディア
マス
コミュニケーション
は
違う
集団化
操作する為に
情報を
媒体にしまくる
個別化
しましたら
無限に
メリットを
知ることに
至る
御徳
否認の文化は
要らない
もう
故に
信頼を
構築することは
必要
ニーズ
操作するは
要らない
小さな
意図
も
善意
は
あるなら
徳
だ
生命
は
生
そのものが
喜悦
感謝は
有難い
くすしき
いきてるある
いまの
記録だし
印
刻印
互いに
贈り物に
成るし
祝福だ
人間は
存在があるから
生は
付随し
備わる
もし
生を
にくしむ
排除したなら
拒否するは
侵害してしまう
マルトリート
いつしむは
まさに
善徳の中身を
知ること
そうではないなら
無理だから
生きることを
保持してあるは
必ず
人間は
不完全
なんだ
と
知ることに
なる
どんなに
すぐれた
ART
である
内容も
わたしは
生きることを
具体化するから
人間は
いま
生きるのが
嫌だ
という方もある
苦痛体験を
無数
積み重ねてきた方
これも
生活
の範囲
生を
活かす
中身
苦痛は
体験したら
その人は
理解できる
が
体験しない人は
理解できるは
無い
共感などという
曖昧な
雰囲気など
なんの役にも立ちはしない
流された
感情や
気分に
酔うだけだ
ただ
ある
という
事実を
荘厳に
誠実に
受け止める
行為は
プラクティス
明確な
意図がないなら
そもそも
無理だ
故に
価値の価値化は
善徳
による
範囲にある
存在に
向けた
永遠の
いつくしみ
と
優しい真心
です
養う
育む
尊重する
明確な態度
一切
ゲームは
要らない
ゲームは
不要
生きることは
そのまま
生を
喜悦
と
理解するから
だから
ARTは
行為
だから
結果
がある
いちいち
何を
その個人は
たしなむか
理解
鑑みる
知ること
を
希望すること
対話
しないなら
理解などは
無理だ
勝手に
イメージした
それは
何でしょうか