武蔵坊弁慶が語る愛発(あらち)山の由来 | mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~

武蔵坊弁慶が語る愛発(あらち)山の由来

武蔵坊弁慶が語る愛発(あらち)山の由来

 

 

 

 

熊野の本地(くまののほんじ)とは? 意味や使い方 - コトバンク (kotobank.jp)

 

 

 

熊野の本地 (くまののほんじ)

御伽草子。中天竺摩訶陀(ちゆうてんじくまかだ)国の善哉(ぜんざい)王には千人の妃がいたが,なかでも深い寵愛を受ける五衰殿の女御が懐妊すると,他の妃たちは嫉みから,相人(そうにん)をかたらい,生まれる王子は悪王で7日にして九足八面の鬼と化し大王をとり殺し国も乱れるであろうと奏上させる。大王は,やむなく女御を山中深くやり武士たちに命じて首を切らせるが,直前に誕生した王子は,首のない母の骸から三石六斗の乳を呑み,山の獣たちに守護されて育つ。3年の後,霊夢をこうむった〈ちけん上人〉がこれを知り,王子をひきとり養育する。7歳のとき,上人は王子を伴い大王のもとを訪れて一部始終を語り,亡き女御を蘇生させる。一同は女人の心あしき国を嫌い,飛車に乗って日本紀伊国牟婁(きいのくにむろ)の郡に着き,年を経て熊野の神々としてこの世に現れる。室町中期成立の古絵巻をはじめ,写本,奈良絵本,絵巻など多くの伝本が存し,広く流布した本地物である。巻末にこの草子を読むことの功徳や熊野参詣の功徳を強調するなど,唱導色が濃厚である。多少の出入りはあるが,構想,詞章の面で最も近似するのが《神道集》の〈熊野権現事〉であり,《諸神本懐集》《三国伝記》には,天竺から慈悲大賢王が飛来して熊野の神となる伝承をとどめる。一方,山人による聖なる伝承と考えられる山中産育譚は《義経記》巻七で武蔵坊弁慶が語る愛発(あらち)山の由来と軌を一にするもので,熊野信仰を背景とするこの古怪なる伝承は,御伽草子《弁慶物語》へと展開し,説経節《五翠殿》や古浄瑠璃にも影響を与えた。
執筆者:徳江 元正

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について