私の最も小さい子 | mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~

私の最も小さい子

 

1531年12月9日〜12月12日はメキシコのガダルーペの聖母マリアの日でした。インディオのホアン・ディエゴ兄ちゃんに空色に星が散りばめれたマントを着たマリア母さんが来てくれました。

 
沢山の奇跡がありました。スーパーナチュラルなことが沢山ありました。重病人の瞬時の癒しや回復を、冬なのにバラの花が咲きみだれ、当時はイタリアにしか無かったバラの花が咲いていたり、善い神さまからの働きかけだとう証拠がいくつもありました。
 
教会はよく調べてこの聖母の訪問が確かだと公に認めました。
 
マリア母さんは、素晴らしく善い方です。
どんな人にとっても母なのです。母親なのです。
また、どの時代に生きている人にも母なのです。
 
人間側の都合に全く関係無く、全ての人にとっての母なのです。
 
ですから、人種や国籍や性別や年齢や宗教などその人の属性には全く関係無く、
全ての人を誰よりも
 
愛する母です。
 
マリア母さんは、本当にお母さんです。
 
みんなそれぞれを超愛しています。
選り好みやえこひきや選別や差別や軽蔑や侮蔑など決してしません。
 
どんな状態にあっても一人一人が大切で大事な我が子なのです。
 
そのような素晴らしく善い最高の宝物を人類の為に用意してくれたのが
父と子と聖霊の三つで一つの三位一体の神さまなのです。
 
親からの愛に飢え渇いている人には、マリアとヨゼフが最高の両親となります。
 
二人とも一人一人を
非常に非常に愛しています。序列はありません。
信頼しています。希望しています。決して見捨てません。
 
どんなことがあっても、
どんな状態でも、
いま死に瀕していても、
病気や怪我や傷害でくるしんでいても、
悪さをしまくりでも、
薬物を使用してラリっていても、
セックス依存やオナニー依存に陥っていても、
スマホやゲーム依存に陥っていても、
引きこもりや、自殺未遂を繰り返していても、
希死念慮はバリバリあっても、
怒り依存、暴力依存であっても、
万引きや嘘をつきまくりでも、
非行の数々をしまくりでも、
とにかくどんなに悲惨で惨めな状態でも、
マリアとヨゼフは決して見捨てません。
 
むしろ苦しみ悲しみ悲嘆に暮れ絶望感に苛まされ、
人間的には最悪だという時こそマリアとヨゼフは一番近くにいて
最も善いことをしてくれます。
 
大切な我が子を悲しませるようなことはしません。
いつも善い喜びをもってきて差し出してくれます。
 
深いどん底、暗闇の真っただ中にいても一条の光のように、
マリアとヨゼフは愛と信頼と希望をくれます。
 
マリア母さんとヨゼフ父さんに
産まれたばかりの赤ちゃんイエズスのように泣いたら
すぐにマリア母さんはお乳をくれます。
ヨゼフ父さんとはよしよしと言って優しく力強くその腕にに抱いて
ニコニコしてくれます。
 
とくに薬物依存などの「依存症」や「アディクション」からの回復には、
マリア母さんとヨゼフ父さんに頼るのが最も有効です。
 
自分の経験から、人間的手段や方法では、限界があります。
 
なぜなら、何に「喜び」を感じるかは、その人その人の
嗜好性の問題だからです。
 
薬物による脳内の神経伝達物資や神経系の障害や支障や不調和があることは
確かなようです。
 
しかし、その状態を保ちながら、その個人が何を求め、
かつ、何に喜びを見出すのかというのは
全くの個人的な嗜好と体験の問題です。
 
これは、強制的に治療行為をしても、あまり意味がありません。
 
当事者が、自己覚知すること以外は、回復の方法がありません。
 
周囲の人は家族であれ、どんな高名な医師やカウンセラーや神父などでも
その人の内面、全くの奥を変えることができるのは、
その人がそれを望んだ時であり、善く変えてくれるのは、神さま以外ありません。
 
大切なことは、本人が一体何を望むかです。
そしてどうしたいかです。
 
思っていても、行動に移さない限り、意味はありません。
 
その行いというのは、祈ることも、一つの行いです。
全く些細な最も小さなことです。
 
マリアやヨゼフと語り合うことは、行いの一つです。
行動に移すというのは、取り立てて難しいことではありません。
単純で簡単です。
脳に重度の障害がある方以外は、誰でもできます。
いつでも、どこでもできます。
 
自分以外の、善い存在に頼ることは、非常に重要です。
自分一人では、どうしようもなくなります。
その限界をよくよく認める必要があり、
かつ、善い善い存在に自分自身を委ねる必要がどうしてもあります。
 
依存症からの回復には、これは必須条件です。
 
 
自分からの良き勧めは、
毎日毎日、今日一日今日一日とマリアとヨゼフの二人と語り合い、
親子の絆を育んでみることです。
 
安定した信頼関係を築く事が「依存症」からの回復の要です。
 
心の平安、安心は、個人的な内的な体験です。
 
マリアとヨゼフに信頼してみることを勧めます。
マリアとヨゼフはいつもどこでも一緒にいてくれます
けっして誰も見捨てません。
 
いつも誰よりも超愛しています。
世界中の誰よりも超愛してくれています。
超愛されている存在です。
 
優しく善い三位一体の神さまの祝福が沢山皆さんにありますように。あめん。
オ~ラ~!
 
せば!