本日は真面目なお話です。苦手な方はスルーして下さい☆
今から12年前の今日・・つまり7月31日は、我が家のおとぅ(父)の命日なのであります。
男性でいう厄年42歳でこの世に別れを告げてしまいました。
今から12年前。アタイは中学3年でした。
アタイが産まれた時に病気になったおとぅ。
アタイにとってのおとぅは家に居るのが当たり前だった。
そんなおとぅは週3回病院に通っていた。
おとぅは透析というものをしていた。
チビだったアタイは透析が何なのか分からなかったし、おとぅもあえて教えてはくれなかった。
おとぅとアタイはソックリで、歴史好きなところや、洋楽好きなところ等、色々好きな趣味が似ていた。
趣味の話や悪ふざけをしている時はお兄さんみたいでオモシロイ。
でもやっぱりアタイに何かを教える時、注意する時はお父さんだった。
しっかりお父さんお兄さんスイッチが切り替えられる人だった。
毎日平凡ながら楽しく過ごしていたある日 突然おとぅはアタイにこう言った。
『お前が嫁に行くまでは死ねないなぁ。』
小学校に通っていたアタイは自分がお嫁さんに行くのは凄く遠い未来のような気がしていた。
だからおとぅのコノ言葉は特に気にしてはいなかった。
月日は流れたアル日 おとぅはアタイにこう言った。
『お前がハタチになるまでは死ねないなぁ。』
アタイが20歳になるまで・・・。何でそんな事いうんだろうと不思議に思った。
中学に入ったばっかりの時だった。
アタイが20歳になるまで7年・・・。
そして2年後の夏休み。おとぅはアタイにこう言った。
『お前が高校に入るまでは死ねないなぁ。』
アタイは中学3年生。そして季節は夏。
高校生になるまで・・・あとどれくらい・・・??
その2週間後。
おとぅはアタイの高校生になる姿を見る事は無かった。
そしてアタイはおとぅに高校の制服を着た姿を見せてあげる事は出来なかった。
倒れて病院に運ばれた時のおとぅの姿をハッキリと覚えている。
ただですら痩せていたオカンが更に痩せこけて小さくなっていたのも覚えている。
浮腫んで腫れて、ゴム手袋に水を入れたような手になってしまったおとぅの手の感触も覚えている。
意識を失って生死を彷徨ったおとぅ。
倒れてから2週間の間でアタイは初めて透析をする姿も見た。
14年間これを週3回していたんだ。
病院が終わると帰宅前に必ず電話をくれていたおとぅ。
アタイの好きなアニメのキャラをまねて電話をしてくれていたおとぅ。
そんな帰るコールをとるのが大好きだったアタイ。
疲れてたのに有難う。
12年前の暑かった夏の日の夕方。
おとぅに着いていた心電図が電源を切られて廊下に出ていたあの日。
高校に行くまで死ねないと言っていた意味が少し分かった気がした。
おとぅは何か悟っていたのかもしれないと。。。
そんなおとぅから教わった事。
何事も相手の立場に立って物事を話しなさい。
友達でもお金の貸し借りはしてはイケナイ。
どんなに親しい人とでも礼儀を忘れてはイケナイ。 等。
当たり前の事かもしれないケド アタイにとっては大事な教え。
これからも守っていこうっと思ってます。
何でこんな事書いたかというと、昔TVで三谷幸喜さんのアル言葉を聞いたのがキッカケで、
【人間には2つの死がある。1つは肉体が滅びる死。もう1つは誰にも語られなくなる死。】
故人の肉体は滅びても語り継がれる事でこの世に生きる事ができるという事。(だと勝手に解釈しました
)
そんなワケで、我が家の今日は仏壇の前で思い出話しをする日。
そして1年で1番仏壇が華やかになる日。
アタイが生きているうちは、周囲の人にもおとぅの事を話そうと思ってます。
それにしてもいつまで天にいるのやら。。。
時々降りてきてくれてもいいのに。。。
毎日会社に行く前に線香を上げながら手を合わせて伝える言葉。
でも、おとぅがそんなに楽しいところなら まぁいっかという心境ではありますけど。
最後まで読んで下さった方 有難う御座います。
明日・・8月からは福田さんの誕生日月なのでかんなりイタイ腐女子ぶりなブログになっていると思われます!
それでもお付き合いいただける方は是非是非いらして下さい♪
腐女子が苦手な方は・・・・・スルーして頂いた方がイイカモ・・・?
きっとこんなアタイを空から見ているであろうおとぅは
【少しは成長しろよ・・・】
と呆れ顔で見ているかも・・・;;;(笑)