「虹の橋」 | Kyoto Corgi Cafe 2

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Kyoto Corgi Cafe 2 澤田ふじ子の「虹の橋」を読みました。これまで「うたかたの 」や「御宿かわせみ」など女流作家の作品も少しは読んだことあるけど、時代小説といえば藤沢周平の印象が強いので、最初はちょっと勝手が違って進みが遅かったんですが、京都が舞台なので当時の光景を想像しながら読めて、それなりに楽しめました。
江戸時代、建仁寺近くの長屋の住人、特に子供達の成長を通して京都に暮らす庶民の暮らしが綴られています。導入は高瀬舟の船頭・忠七の息子宗吉を軸に描かれていたけど、中盤からは錦小路の魚惣の奉公人となった千代が主に。そしてラストは再び宗吉の心情で締めくくられる構成。「この長屋で育ったみんなが、同じくらいの幸せを得る。自分だけ幸せになってはいけない」という発想は、1987年の発表当時、ごく普通に読者に受け入れられたんでしょうか?自分の幸せを 諦めるという決断は、宗吉にとってあまりに理不尽にモモ母には思えるんだけど、でも名もない市井の人々は、こんな風に理不尽なことを何度も受け入れさせら れてきたのかも。読み終わって思い出したけど、祖母が昔、「ちょかをせんとき」とよく言ってたっけ。「ちょか」は関西弁で軽率ででしゃばりな行為。目立つ振る舞いは恥ずかしいというのが戦前の京女の美意識で、横並びを尊しとするから、「自分だけ幸せになってはいけない」と考えるんだろうか・・・?そう思う と、平成の京都には良くも悪くも「ちょか」が増えたなぁ・・・。けど、それで多少は自由になったけど、相変わらず庶民は理不尽なことを受け入れないといけ ないんですよね。