モンゴメリの「アンの幸福」を読みました。アンの22歳から25歳までを描いたこの作品は年齢順で言うと5作目だけど、発表は他の作品よりかなり後。その
せいか最初はアンのギルバートへの手紙形式で綴られていたのが途中から通常の文体になって、またところどころに手紙が挿入されていたりして、マンネリ回避のための苦心の跡が感じられます。物語もアン自身の話というより、アンが校長として赴任したサマーサイドの住人達を描いた話になっていて、アンが彼らの悩みや揉め事を次々と解決していくあたりはちょっと出来すぎの感も。娘を束縛し続けるギブソン夫人や無愛想で誰にも心を開かないギャザリンなど様々 な人達が登場する中で、特に印象的だったのが、下宿先の姉妹の従姉アーネスティン。恐ろしく悲観論者で「・・ではないかと心配しているのですよ」「・・・しないかと、それが心配ですよ」を連発。というより、それしか言わない。あまりにデフォルメされてるので寧ろ滑稽で、ギルバートへの手紙ではアンもその口 調を真似て、あんなに取り越し苦労をするのは可愛そうと書いています。確かにアンのように前向きに道を切り開くことが大切だけど、困難を回避するために予 め考えること自体は悪いことではないと思います。まぁものには限度がありますが・・・。それにしても、これはアンに特有なのか、モンゴメリがそういう人なのか、当時のカナダ女性が皆そうなのかわからないけど、アンの教養の高さにはいつも感心します。ギリシャ神話や詩の一節などがごく自然に引用される。そういえば、「赤毛のアン」のラストはブラウニングの詩の結び「すべて世は こともなし」でした。アニメの最終回を見て上田敏の訳詩を思い出す子供って いるでしょうか?(モモ母は今も堀口大學だっけ?上田敏だっけ?とごっちゃになりました。お恥ずかしい・・・)