浅田次郎の「月のしずく」を読みました。7篇の短編集ですが、どれも「大人のメルヘン」という印象。登場人物が今までどのような人生を歩んできたかが重要
で、「月のしずく」は30年近く港のコンビナートで「蟻ん子」と呼ばれる荷役として働いてきた男だし、「流璃想」は中国で親を失くし、引き揚げ途中に背負っていた妹が息絶え、その後の記憶をなくして働き続けてきたワンマン経営者。「ピエタ」は良い子にしていたら駆け落ちした母親が戻ってくると信じて真面
目に生きてきた女性。若者が未来を語る話はなく、がむしゃらに生きて来た大人達にふと訪れる小さな奇跡が共通して描かれています。しかも男達はみな純粋で、妻や恋人が自分を愛してないとわかっていながら愛し続けるし、一夜を共にした女性に決して手を出さないし、「銀色の雨」ではヤクザに匿われた殺し屋が
高校生の和也に向かってお前の女と寝て悪かったと詫びたりする。おじさん読者もこういうのに共感するもんなのか・・・。印象的なのが「ふくちゃん のジャックナイフ」で子供の頃、夏の日にゆびきりげんまんした時の一行。「軒下で鳴いていたのは油蝉ではなく、ひぐらしだったような気もする」。うるさい蝉の声もひぐらしだと、どこか切なく郷愁を誘います。「月のしずく」でなけなしのお金を持って銀座和光に時計を買いに行ったものの高くて買えない主人公を 「客たちはジロジロ見るけれど、店員の笑顔は誠実だった」というあたりも実にリアル。さりげない描写がメルヘンにリアリティを与えています。