ADHDに生まれ~アルコール依存症となった悲劇の美女?!のお話し

ADHDに生まれ~アルコール依存症となった悲劇の美女?!のお話し

元タレントでTVでも活躍した私。幼少期からだらしがなく、エリートの父には絶望され“泥ブタ”(泥みたいに汚い豚という意味)と呼ばれて成長。社会では性格破たん者といわれる。タレントにはなるが、結局挫折。そして未婚の負け組となり、アルコール依存症となった私のブログ

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こんにちは 今日も良いお天気ですね。

 

さて、ADHDの障害の為、過去の経緯をまとめての続きは

私の高校時代です。。。

 

 二流以下の高校へ入学し、1ヵ月で担任に呼び出された。

学年の偉い方先生だった。

 

 「貴女の様な、だらしがない人間は見た事がない。

自主退学しなさい。君の様な悪いウイルスが入ると皆が感染する」

 

 私は不良でも、暴走族でもなく、ごく普通の高校生だったのに…

私は返す言葉も見つからなかった。

 

両親は妹に熱心で私が15㌔太ろうと、全く関心がなかったので、

相談する人は誰もいなかった。

 

何も興味無く、学校もろくに行かず、今思い出しても

 

  私は高校時代には何をしていたのか?全く思い出せない。

もちろん人生の夢や希望、目標も全くなかった。

担任が私を毛嫌いしていたのは、教室でも有名で、

私は高校で友人は1人もできなかった。

 

 この頃から周期的に過食と、過眠をする傾向になり、

よく中学時代の友人宅で寝ていた。

(後で、精神科でこの時期からクライネレビン症候群=過食と、過眠を発症したといわれた)

 

デブになちゃっても、年頃だから痩せたくて、ダイエットとリバウンド

の繰り返し。

下剤を大量に飲んだり、吐いたり、朝からジョギングしたり…

 

 修学旅行で2泊3日間、バカみたいに痩せたくて、何も食べず、

帰宅してアンパン1個食べただけで、1キロ太ったのは覚えている。

 

 3年生の担任だけは、私によく声をかけてくれた。

毎日、学校へ行くと言っては、友人の家行っていた。

先生は、その件で、私の両親にも良く相談をしてくれて、

母親が、学校に行っていない私にビックリしていた。

 

 その後は毎日学校に通い、なんとか卒業はできました。