イチロー | kojiroのブログ

イチロー

サッカー日本代表ハリルホジッチ監督解任に伴い、新監督になった西野監督の戦術が、

3ー5ー2になるんじゃないかと聞いて、少しテンションが上がったのも束の間。


イチローの、今期残りの試合の出場が終了。


こんな感じのニュースタイトルを見た時は、
まさか怪我!?

と思ったらマリナーズの役職に就任?
まだ引退はしてなくて、来年の日本で行われる開幕戦に出場するかもしれない、とか。


事実上の引退、ですかね。


50歳までどこまでやれるか、というのは今も変わらないらしく、
チームに迷惑かけずに、何かしら貢献しながらやるらしい。


でもほぼ引退でしょうか。

いやーだいぶショックです⤵

ただ打席の内容見てたら、うーんって感じだったから来る時がそろそろ来るのかとは思ってたけども。


1つの時代が終わり、新しい時代が来ましたね。


今の子供達は、

大谷翔平

僕が小さい頃は

イチロー、野茂英雄、松井秀喜


特にイチローの登場は、サッカー人気に押されてた時だったので、野球界にとってはヒーロー的存在でした。


今の子供達は、
イチローの名前は知っててもプレーは知らない。
野茂に至っては、誰それ?ってなるんでしょうね。


まあ、僕もオッサンになったんですねw
そう思えば、イチローのプレーをリアルタイムで観れたことはとても幸せです。


生で観たのは一度だけ。

2002年の日米野球。
一人で市内から出る事すらあまりなくて、そんな僕がどうしても見たい!!

と、6000円のチケットを買って京セラドーム大阪に行きました!

当時、アメリカ代表はバリー・ボンズやジェイソン・ジアンビー、バーニー・ウィリアムスやトリー・ハンターで、
この名前を聞いたら、

あーー!懐かしい!!

と思う人もいるでしょう。


メジャー1年目を強烈なイチローブームを巻き起こして、2年目の2002年に凱旋来日となったわけです。
当然、当時のチケットの売れ行きは凄まじかったですよ💦

ドーム前の駅で、
チケット譲って下さい  の人が沢山いましたからw


イチローの1番思い出に残ってるプレーは、

2004年。
84年間更新されなかったシーズン最多安打を更新しか時です。

200安打を超え、さらに安打を重ねていき
240安打を超えたらそこからは、全員戦前の選手で未知の領域。
球聖タイ・カッブまでいるじゃねーかー!
って当時興奮してましたw

若い人でタイ・カッブ知ってる人ってなかなかいないですけどねw


安打を重ねて行く度、歴史に名を刻んだ偉人達が現代に呼び起こされる状況が、
しかも、メジャーという最高峰の舞台で、東洋の日本人。

凄すぎて言葉に出来ないです。


大学の帰りの電車で、サラリーマン達が

「イチロー凄いなー!あと残り何試合で何本?」

「〇試合で〇本です」

「厳しかったなー、普通は無理やと思うけどイチローならやりそうやな~」


それを聞いて、

まったくもって 同感 です!!

と、心の中で、うんうんと相づち打ったのは今でも鮮明に覚えてます。

そしてついに、257安打まであと一本となった時、

当然、大学の授業は休んでテレビ観戦しました❗

球場のイチローコールと一緒に、

「I❗CHI❗RO❗❗、I❗CHI❗RO❗❗」

と、応援していた第一打席にいきなりサードの頭上を越えるヒットを打った瞬間、


「Yeahhhh❗❗❗❗❗❗」

って叫んでた時は間違いなく心はアメリカにありましたw


そして第二打席にあっさりとショートの横を抜けるヒットを打ってシーズン記録を樹立。


そして、同じ様にイチローがまた記録をいつか抜かされる時が来るのでしょうか。

その時同じ様にイチローの名前が呼び起こされ
・・・

そうやって繰り返していくんでしょう。


そう思うのもやはり、一時代が終わったと。
新しい時代が来たんでしょうね。


一度で良いから対戦したかった・・