今日、電車に乗っている時に


向かいの席に座っている男性の隣が1席空いていて、


若い女性の二人組のうちの一人がそこに座った


そして同じタイミングでおれの隣の席も空いたので、二人組のもう一人はおれの隣に座った



女性二人が、対面する形で座ったという状況だ


彼女たちは、他の車両の方を見て、あっち空いてるかな?

などと話している



うん


おれが立ち上がって席を譲り、女性に隣同士座ってもらえば、きっとハッピーだよね


でも、それってやりすぎかな?って一瞬考えた



その時、向かいの男性が立ち上がって、


声にはださず、自分の席を手で指し示し、どうぞとおれの隣の女性に伝えたのだ



女性はありがとうございますと言いそこに座り、


一方の男性は気恥ずかしそうな素振りで、乗り降り口付近に去っていき、立ってスマホを見ていた



そうなるよな〜 と共感した


譲るのって、なぜか気恥ずかしさがあるんだよね


それってなぜだろうと考えたんだけど


親切なことをするというのは、相手のことを思って、相手のためになると思ってすることではあると思うんだけど


それと同じくらい、親切なことをしている自分が好きだという思いがあると思う


実際、お年寄りの方に席を譲ることはよくあるし、隣の自転車を倒してしまって大変そうな方を手伝ったりしたけれど


そうした時は気分がいいもんね


自分が人に優しくするのは、自分のためでもあるんだよね


むしろそっちの方が強いんじゃないかとも思う



だから、自己満足であるとも言えるし、それが素晴らしいと思う



だって、親切にする方もハッピーで、される方もハッピーなんて、こんないいことないよね



よく偽善者なんて言葉があるけど


それって何が悪いのかな?と思う



電車での出来事とか、日常での出来事には、そんな瞬間があったりするよね


自分が困ってる時に助けてもらえたらハッピーだし、


親切にすることは迷わずやればいいよなーと改めて思った



皆さんは、こんなことがあって助けられたなんてエピソードあるかな?


あったら教えてください!



MASAYA