こんにちわう



いろのおうち


うにです(*^^*)




子育てで、どうしようか迷う


厳しくしないとしっかりしないかも。


私の人生の中でこれが顔を出す回数はそんなにない。


むしろ私がぺろんぺろんに生きてる




昔は、って言葉は使いたくないが、分かりやすいからつかう。

厳しくすること

罰を与えること

晒すこと


そうやって社会に合わせることができる人間を作ろうとした


幼稚園で見事にその枠に入れなかった私は

主に給食で

全部食べられないと手に油性のバッテン

迎えの時間まで端でずっと食べる

時間内になんとかしたくて詰め込んで吐く

ゲロ吐きマンてあだ名がつく


そして家に帰り

エレクトーンを弾けば手が叩かれ

そうじゃないって言われ

箸が持てないならご飯が減る

弟を別室に連れていかないといけないくらい酷い夫婦喧嘩



小さな小さな社会の枠で


本当に甘えたい

褒めて欲しい

優しくして欲しい


ただそれだけなのに


ずっと頑張って!頑張って!


だから

にこにこしていても

歳が上のにんげんは気をつけないといけない


多分この辺りから親世代に対して更に色濃くなった想いだろう




そんな中でも救いはあった


近所の歳の近い子はほとんど男の子で

幼稚園でクラスも学年も違ったおかげか


「おーい、遊ぶでー!!」って声をかけてくれて


山に川に田んぼに

サッカー、野球、靴隠し


暗くなるまで一緒に遊んだ


この関わりで、できるできない、こわい、嫌、楽しい、嬉しい、の表現ができてたのはかなりデカいと思う


仮面を付けなくて済む仲間だから。


弱くても、できなくても、見てるだけでも

彼らは私を除け者にしたりしなかった

勇気を出したチャレンジは、すげー!!ってお互いに素直に言えた


こんな時間があったから

恐らく私は生きて行けたんだろうと思う






子育てが苦しいのは

社会の枠に子供がハマらないから

習い事の先生に子供が叱られたら、自分を責められているように感じるから

みんなと同じように成長しないから


だからって、その枠にはめるために家で頑張るのをやめよう


(リハビリとかそういうのはまた別ね)




甘え方を知らずにオトナになるとしんどいよ。


甘え方は、人を頼ること、信じること、休むこと、人と違っていいこと


そういうことの自己受容の基礎になる


その「自己受容」が育たないまま大きくなると社会のいいように使われる



こないだ書いた


「しっかりしなさい」と「子供のくせに」のように

相手の都合のいい演者にならされてしまう可能性がある



お子さんがいる人は

何歳でもいい

お子さんのペースを見て

明らか甘えだと分かっていて腹が立っても


ご飯を口に運んであげてください


ボタンを止めてあげてください


靴を履かせてあげてください


抱っこして、抱きしめてあげてください



その、ひとつのお願いが

お子さんからの信頼です



何でも与えたり

代わりにやったり

それは違いますよ?


でもね


甘えて育つことが出来た子は土台が違います


手伝ってほしい

助けてほしい

困ってる

わからない


だけど、それでいい、次、どうしよう??



外を見回してステップを踏むことができます



甘えて振り払われ続けたら

自分を責めて自分でなんとかしようとして

出来なかったら更に自分を責める


いい加減病むよ?(実際34で病んで倒れた)




これを書いていて、ちょっと浮かんだ話があるので


そのうちまた書きます




こんやは好きな飲み物でホッとしてください


あなたも、お子さんもすごーく頑張ってる


厳しくは忘れて、ぽわんとしましょ(●︎´▽︎`●︎)