真夏の祭典、プロ野球オールスターゲームが 23日に京セラドーム大阪、24日に横浜スタジアムで開催されます。6月3日に亡くなった長嶋茂雄さんは、球宴でも燦々と輝いていました。

 長嶋さんは、新人の1958年から引退する74年まで、毎年ファン投票で選ばれました。その成績は、150打数47安打の打率3割1分3厘、7本塁打、21打点、8盗塁。

 5打席以上対戦したパ・リーグの投手の中で、打率4割以上打ったのが、いずれも球史に名を残す大投手ばかりです。中でも、7打数5安打の打率7割1分4厘、1本塁打、2打点の最高打率だったのが立教大学時代の同期生の杉浦忠(南海)。58年の第1戦の二回の第2打席で球宴初安打となる右前適時打。翌年の第2戦では同点の四回、再び対戦した杉浦から左翼席最上段まで届く勝ち越しソロ本塁打を打ちました。

 次いで高打率だったのが、9打数6安打の打率6割6分7厘、1打点の鈴木啓司(近鉄)。さらに8打数4安打の打率5割、1打点の稲尾和久(西鉄)、5打数2安打の打率4割の足立光宏(阪急)と続きます。

 故障で出場を辞退した64年除く全ての年で安打を記録し、引退する74年の第2戦では、両チーム無得点で迎えた四回、無死一、二塁で神部年男(近鉄)の初球を鋭く振り抜くと、左翼手の土井正博(同)が追うのを諦めるほどの痛烈な打球でスタンドへ飛び込む本塁打を放ちました。この3か月後、長嶋さんはユニホームを脱ぎました。

 当時はセパ交流戦がなく、他球団の選手、特にパ・リーグの選手が長嶋さんの所に寄ってくる光景が再三見られたが、長嶋さんは気さくに応じていましたーー。

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 1984年の王監督の時代から、藤田、長嶋、原監督まで、20年以上巨人を担当した某新聞社運動部元記者。