「日本一のテキトー男」として多大な愛を集め続ける芸能人・高田純次。79歳。
小生の目指すべきイケオジィの1人。
数々の適当すぎる発言や脱力感あふれる言動は、単なるコメディの枠を超え現代社会を生き抜くための劇薬であり、清涼剤でもあるかもしれない。
今回は、彼のアウトレージな名言を一挙に振り返りつつ、その根底に流れる「仏教哲学(ブッダの教え)」との共通点について妄想分析してみます。
ご覧くださいませ...!
1. 高田純次・至高の名言13選
まずは、彼の伝説的な発言コレクションをダイレクトにお届けします。
1.旦那と離婚したいと思ったら、ベッドの上でウンコしちゃえばいいよ
2.オレは人の話を聞かないんじゃなくて、人の話に興味がないだけなんだ
3.言っとくけど、オレが言ってることの95%はウソだよ
4.世の中、わからないことが多いけど、街中を裸で歩いてはいけないということだけはわかってるんだ
5.適当男と言われている僕が言うと、自分を正当化しているようでなんだけど、日本人はいい意味でもう少し気楽に、適当に生きていいんじゃないかと思う。
6.キミ、チクビきれいなの? カラーコピーして送ってくれない?
7.バリ島にはキンタマーニっていう場所があって、オレ大好きなんだ
8.毎年目標を聞かれると、『ただ生きる』と答えています。これが僕の哲学、目標ですよ
9.フルーツポンチを逆さに読むと『チンポツールフ』なんだ。逆さに読む必要もないけど
10.今夜は返さないよ。僕は帰るけど。
11.常に無責任でいることが俺の責任
12.俺からスケベを取ったら加齢臭しか残らないんだ
13.年寄りは説教と昔話と自慢話の3つは絶対にしてはいけない。だからエロい話しかできないんだ。
2. なぜこれらの名言に救われるのか?
一見するとただの暴言や下ネタ見えるかもしれません。しかし、真面目で完璧主義になりがちな現代日本社会において、彼の言葉は「心のセーフティバルブ(安全弁)」として強力に機能しています。
「年寄りは説教と昔話と自慢話はしてはいけない…」
⇒ 老害化を防ぐ最高の処世術。自分を下げて相手の警戒を解く、高度なコミュニケーション戦略です。
「毎年目標を聞かれると、『ただ生きる』と答えています」
⇒ 自己啓発や成長圧力が強い現代に対するアンチテーゼ。「存在するだけで100点満点」という肯定感を与えてくれます。
「常に無責任でいることが俺の責任」
⇒ 自分が過剰な責任を負うことで周囲に生じる歪みを避け、自分に固執させない高等なブランディングです。
3. 「高田純次哲学」と「ブッダの教え」の驚くべき一致
実は、一見テキトーに見える高田純次氏のスタンスは、仏教の根本思想(ブッダの教え)と驚くほどの合致を見せています。
① 「中道(ちゅうどう)」= ちょうど良い加減で生きる
ブッダは琴の弦に例えて「締めすぎても切れるし、ゆるめすぎても音が鳴らない。ちょうど良い張り具合(中道)が大事だ」と説きました。
高田氏の「日本人はもう少し気楽に、適当に生きていい」という姿勢は、まさにこの「中道」の実践そのものです。
② 「如実知見(にょじつちけん)」= ありのままの自分を受け入れる
ブッダは「妄想や見栄を捨て、あるがままの事実を見よ」と言いました。
「俺からスケベを取ったら加齢臭しか残らない」「95%はウソ」と、自分の弱さや愚かさを飾り立てずに客観視してさらけ出す姿勢は、まさに如実知見です。
③ 「執着の手放し(無我)」= プライドと固定観念を捨てる
ブッダは「『こうあるべき』という固執こそが苦しみの原因」と説きました。
説教や自慢話を捨て、くだらないギャグや下ネタに徹することで「固定化されたプライド(自我)」を消去し、自分も他人も縛らない生き方を体現しています。
④ 「ただ、今を生きる(現成公案)」= 余計な野望を持たない
未来への不安や過大な目標に振り回されず、「ただ生きる」と言い切る姿勢。これこそが、数千年の時を超えてブッダが説いた「今・ここ」に集中して生きる悟りの境地です。
テキトーとは「適した当り(好加減)」のこと
「適当」という言葉の本来の意味は、「いい加減」ではなく「適した当り(度合いがちょうど良いこと)」です。
ブッダが説いた「中道」の教えと、高田純次氏が体現する「テキトー精神」。アプローチこそ違えど、どちらも「肩の力を抜いて、事実をそのまま楽しんで生きる」という人生の解脱を目指した姿と言えます。
毎日張り詰めて生きているなと感じたら高田純次流の「テキトー」をちょっとだけ取り入れて、心を軽やかにしてみませんか?







