「新た成る人生へ」


年の初めの正月といっても、絹子にとっては同じ一日、何も変わらない一日。

ただ、仕事場の従業員が皆、一緒に休みが取れたという事ぐらいである。

ただ、言えることは“良い年に成りますように”と一言を元旦の朝日に合掌した事です。

そして正月の2日目からは仕事始めの挨拶で会社に行き、みんな綺麗に着飾っていた。

幸いにも絹子にも着物が何反かまだ有ったのでその中から選び、着て行くことにした。絹子なりの精一杯のお洒落である。

厳かな新年、お正月の気分はその一日ぐらいだったが楽しい一日だった。

だけど絹子も正月を心から楽しめていた。

何故なのだろう、きっとそれは新しい年が始まるという清々しさが絹子に芽生えていた独立の気持ちと重なり、解放感を感じていたのでしょう。

1月4日からは通常の仕事になるのですが、世間は正月休みをまだ過ごしている人もいました。叉、通常より子供連れのお客様が多いので、絹子にも暫く自分自身の事を考える余裕などなく平穏無事に仕事が終わるとホッとするぐらいの安堵感に胸をなでおろす絹子でした。

そして今では、自分で稼いだ収入も手元にあるのでお昼休憩の時には夕飯の為に佃煮などを買いに行き、夕飯のお惣菜が無くても今までのような惨めな思いはしなくなりました。

毎日が、今までの惨めな思いに救いの手が差し出されるが如く…物事が絹子を自由にするべく進み始めていきました。

ある日の事、仕事が終わり後片付けをして店長室へ行くと『良い話しが今日はあるよ。』と店長が言いました。

 

 
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絹子は「何でしょうか?」と聞くと、『この間の件だけど、良い所があったよ。寮もあるし、いつでも来てくれても大丈夫だって、紡績工場だから女性ばかりだし、こちらの事情も話してあるから、都合の良い日を決めて行く準備を少しづつしましょう。良かったね、私の知人がしている会社だから安心しなさい。』

 

絹子の事情を分かっていた店長は転職を手助けしてくれる事を約束して下さり、早速お話を知人に進めて下さっていました。

絹子は、店長に相談して良かったと心からそう思いました。

そして絹子は「一月は月末まで忙しいので二月の休みだとかに家の荷物を、…と言っても着替えぐらいしか無いのですが…でも一度では運び出す事は無理なので少しづつ更衣室に持って来ても良いですか?」と頼みました。

すると店長は『更衣室だと人目に付くから、そこの角に箱を用意して置くのでその箱に入れたら良いよ。それで決まりだな、明日さっそく箱を探して置くからね。転職先の知人にもその様に話しておきますから、安心しなさい。』

絹子は、なんと不思議な事かと思いました。自分が心にほんの少し勇気を出して行動に起こしただけなのに店長は年末から知人に連絡し、絹子の事情を把握して細かく話しを纏めて下さったのです。

絹子は心から店長に「御手数をお掛け致しまして、また私の事情まで考えて下さいまして、有り難う御座います」と深々と御礼をいいました。

そして暫く平穏な日々が続きました。いや、家に帰り嫁入り道具がある限りは何があろうと、言われようとも絹子は気に止めなく成っていたのである。

それはまるで、もう直ぐ手に取る小さな光の球が少しづつだけど大きな光の球体となり、絹子を包んでくれている。そう、どこかで感じていたのです。

 

 
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“赤子の時に実父に海に流され、捨てられ、その絹子をあろう事か実の祖父が拾い上げ、助けられた。海から救い上げた赤子がまさか実息子が非情にも捨てた我が子(実孫)と分かり、実息子を勘当しながらも、祖父母は自分達の我が子のように孫である絹子を育ててくれた。”

 

 

その出来事を、赤子であった絹子は鮮明に事細かく覚えているという事実が普通では考えられないことを、その頃にやっと自分でも気が付きはじめていたのでしょう。

絹子の小さな勇気に灯りが点り、その灯りが周りを包むような大きな球体となり、そして絹子を守り始めた。

絹子は一月の半ばぐらいから、まだ残っている“着物・帯・和服に関係する小物”を毎日少しづつ部屋から運び出し始めた。

それはまさに、絹子が自分を取り戻す為の始めの一歩であった。

 


~つづく~


此  新たな道に導かれ其の道を歩く事で

母は、己の不思議な力や何故の疑問

数多くの事と改めて見る素敵な友

自分認めて、守って下さる方々への感謝の

心を日々心に受け止めて過ごす様に成る

人として人らしく生きられる己に

導いて下さった事を星に成るまで忘れて

居なかった母でした


m(_ _)m




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