12 王都への道すがら
重い。
金貨と銀貨でいっぱいになった皮袋を背中に背負いながら、ユーリはうずうずと頬が弛んでくるのを止められない。
豊かになった——。(#^▽^#)
ダンタアナを出発する前に、ユーリはシャノンに皮袋を持たせた。
『ほら。重いでしょ。』
そう書き込む指が踊っている。
『うん。重い』
『これが全部、金貨と銀貨だよ?』
シャノンはこんなユーリの稚気が好きだ。
『金貨が多いな。』
『どうしてわかるの?』とはユーリは訊ねない。
シャノンは量(かさ)と重さでその割合を正確に知ることができるのだ、とわかっているからだ。
町の市場で、道中の食糧や複数の種類の爆裂矢を仕入れ、それらを運ぶための簡易な荷車も調達できた。
それでも袋はこの重さなのだ。
弾むようなユーリの歩き方で、シャノンはユーリが喜んでいることを感じ取る。
シャノンの頬も自然に弛んでくる。
そんなシャノンの手ににユーリが指文字を書く。
『いい稼ぎになったよね。途中でもう1頭くらい狩る?』
『いや、王都に急ごう。』
ユーリは勘違いしている。
シャノンは予想より多額になった報酬のせいで笑顔になっているわけではない。
ユーリが喜んでいる——。
と、そのことがシャノンには嬉しいのだ。
シャノンにとってはそれが最も大きな価値なのだから。
ダンタアナにいた冒険者たちのうち、何人かはシャノンたちと同じように王都への道を辿っている。
互いにライバルだから出発時間をずらしたりして近づかないようにしているし、たまに近づくことがあっても、よほど古い仲でもない限り口を利かないのが普通だ。
そんな中で、何の遠慮もなくユーリとシャノンにくっついてきている少年がいる。
少年といっても15〜16歳くらいの年恰好だが、おじける様子もなくペラペラとユーリに話しかけてくる。
「いやあ、光栄だなあ! スリーセンスさんと旅をご一緒できるなんて! あ、僕、テルクっていいます。よろしく!」
「別にご一緒してるつもりはないよ。」
ユーリがにべもなく答えながら、シャノンに会話の一部始終を指文字で伝える。
シャノンがクスッと笑った。
「あ、なんか、そうやってユーリさんは指で書く文字に翻訳してシャノンさんに伝えてるんですってね。僕にもそれ、教えてもらえないですかぁ?」
なんだ、こいつ? 馴れ馴れしい。
とユーリは思うが、口には出さない。(顔には出ている。)
「僕、スリーセンスさんに憧れてこの道に入ったんです。こう見えても、これまでにもうゲルドグ2頭狩ってるんですよ。大人のチームに入ってだけど。」
よく喋る少年だ。
「少しは黙れんのか? あ、それからシャノンはこう言ってる。『年いくつだ?』って。」
「わあ! 指だけで通訳できるって、カッコいいなぁ! あ、16です。」
ユーリが手のひらにそのまま伝えると、シャノンはまた「ぷふっ」と吹き出した。
「『俺はその年で10頭は狩ってた』だそうよ。」
「わああ! やっぱ、師匠はすごいや!」
「誰が師匠だ? あ、シャノンからも。『弟子にした覚えはない』」
「いいんです。お構いなく。勝手に私淑してるだけなんですから。」
そういうムツカシイ言葉も知ってるんだな・・・。とユーリはちょっと意外な気がした。
するとシャノンから質問が手のひらにきた。
『シシュクって何だ?』
・・・・・・・
ああ・・・。そうだった。
シャノンにはまだこの言葉教えてなかったな・・。
今まで必要のない言葉だったもんな。
でも・・・、なんか悔しいような気がするのは、なんでだ?
ユーリはシャノンに言葉の意味を教えた。
『へえ。面白い子だな。』
シャノンから返事がくる。
どこにこんな話題がいっぱいあるんだ? と思うほどテルクは道々喋り続ける。
それをいちいち翻訳するのも疲れるが、シャノンが面白がっているようなので、ユーリはできる限りそのままシャノンの手に伝えた。
これが道中ずっと続くのか? とちょっとうんざりもするが、ユーリはできる限りニュアンスも含めて翻訳していた。
シャノンがこんなふうにユーリ以外の誰かとの会話を楽しんでいるのは、ユーリも初めて見るのだ。
シャノンの世界が広がって、シャノンが楽しそうにしているのはユーリも嬉しい。
いつしかユーリは、背中に背負った金貨銀貨の袋の重さを忘れていた。
そんな道中も、そろそろ日が暮れようかという頃だった。
夕暮れの色が少しずつ忍び寄り始めている倦んだような午後の空気の中で、シャノンがつと足を止めた。
表情から笑顔が消えている。
『スリーセンス』はこちらで初めから読めます。
https://ameblo.jp/mm21s-b/theme-10119837532.html