10 勇者爆誕
ゲルドグが村の入り口にある木製の門をぶち壊した激しい振動が、シャノンの足裏に伝わってきた。
『来た。弩の方向はわたしがコントロールするね。』
ユーリがシャノンの前に回り、姿勢を低くして弩の銃身を肩で支える。
シャノンが銃座を肩で受けて、引き金に指をかける。
訓練でやっている体勢だ。
『発射のタイミングはいつもの通り、わたしが伝えるよ。』
ゲルドグの暴れ回る振動と、大人たちの爆裂矢の爆発が空気圧となって伝わってくる。
ほんの150mほど先のことなのだ。
苦戦しているようだ。と、シャノンは推測する。
『こっちに誘(おび)き寄せるね。』
ユーリが指でシャノンの腕に伝えてきた。
誘き寄せる?
さっきからユーリが伝えてくる『誘き寄せる』とは、どういうことだ?
ユーリは何をするつもりなんだ?
突然、ユーリの体と弩が左右に大きく揺れた。
* * *
村の入口の門が破られた。
この中に、肉の柔らかい若い人間(エサ)がいる。と知っているのだ。
昨年の襲撃で味をしめたのだろう。
手酷い反撃も受けたが、動き回っていれば人間(あいつら)の妙な武器は急所には当たらない。
そういうことも学んだのだろう。
今回は手強い。
ゲルドグの残った左目を狙おうと回り込んだハヤンは、目の端にとんでもないものを見た。
ユーリとシャノンが広場の外れで、ひざまづいて弩を構えているのだ。
思わず、ゲルドグから視線を逸らしてそちらに顔を向けてしまった。
どおおん!
ハヤンの爆裂矢はゲルドグの左目からは外れて、頬のあたりの硬い鱗の上で爆発した。
ゲルドグは爆発の瞬間、瞼を閉じただけだった。
「何をやってる!? 逃げろ!」
ハヤンは走りながら大声を出し、急いで次の矢をセットしようとする。
その時、もっと驚くことが起こった。
「きゃあああああほほほほほぉーい!」
ユーリがゲルドグに向かって大きく手を振り、悲鳴とも雄叫びともつかない声を上げた。
子どもの声だ。
ゲルドグが、はっきりとユーリをロックオンしたのが分かった。
柔らかで美味そうな人間(エサ)がいる。
ゲルドグは一直線に2人の子どもに向かって走り出した。
* * *
来る!
ゲルドグはシャノンとユーリに向かって、突進し始めた。
ユーリは再び体勢を立て直し、弩の方向を定める。
『来る。わたしたちに向かって走ってくる。弩の方向はわたしが調整するから。口を開けたら合図する。』
指文字で伝えられるまでもなく、ゲルドグの踏み下ろす足の振動が地面から伝わってくる。
強烈な臭いがゲルドグの興奮を伝えてくる。
その距離。
80m。
50m。
30m。
まだ口を開けないか?
20m。
15m。
ユーリの左手が、ぽん、とシャノンの膝を叩いた。
シャノンは静かに引き金を引く。
ゲルドグの口の中の臭いがシャノンに届いた。
弩の反動が、肩に来る。
1秒後。
猛烈な空気圧と、火薬の臭いと、ゲルドグの血の臭いがシャノンの顔面を襲った。
ユーリがシャノンの膝を左手で、ぱあん、と叩いて立ち上がった。
その動作に、喜びと興奮が表れている。
が、シャノンはその足裏に届く振動で、次の危険を察知していた。
* * *
ゲルドグの頭が叩き割った大きなカナルの実みたいに吹っ飛んだ。
「やった!」
ユーリはそれをただ手のひらでシャノンの膝を叩くことで表現し、立ち上がった。
が、次の瞬間、シャノンがいきなりユーリの体を抱えると横っ跳びに跳んだ。
「・・・ッ!」
脳からの信号を失ったゲルドグの巨体が、膝から崩れ落ち、ゆっくりと倒れ込んできた。
ボロ雑巾のようになったその頭が、つい今しがたまでユーリたちがいた所に落ちてきて、取り残された弩がゲルドグの頭蓋骨の重みに耐えきれず、血の海の中で真っ二つに折れた。
シャノンと2人で地面に転がった後で、ユーリはそれを目撃した。
あの瞬間、シャノンはゲルドグの倒れる方向と位置まで予測していたのか?
「すごい! シャノン。あんた、すごぉい!」
叫んでから、ユーリはそれがシャノンには聞こえないことを思い出した。
ユーリはシャノンの頬っぺたといわず腕や脚といわず、手当たり次第に指文字で称賛の言葉を書きつけ、それから、母親に抱きつく小さな子どもみたいにシャノンに抱きついた。
『スリーセンス』はこちらで初めから読めます。
https://ameblo.jp/mm21s-b/theme-10119837532.html