2 亜透奈

 

 ニュース動画で奈多野駅の階段圧死事故について「報道」している。

 他国のハッキングAI と偽情報攻撃型AI のハイブリッド攻撃によるものだ、という話をしているが・・・。

 

 わかってんだよ、もう。

 そういう政府の表向きの発表が嘘だってことくらい。

 

 NET世界の発信は、政府だけがやってんじゃねーんだよ?

 DSのたくらみなんざ、世界中の「真実を探る目」によって筒抜けなんだよ。

 

 これはアメリア共和国のDSが日本の国民の目を真実から逸らすために仕組んだ壮大なフェイクだってことは、あふれかえるNET上の投稿を見てゆけば、ちゃんと意識を持って見ていれば、誰にでもわかることだ。

 

 亜透奈(あすな)には情報リテラシーがある。

 フェイクだらけのこの世界の中で、真実を見抜くにはそういうスキルが必要なのだ。

 それを研ぎ澄ませておかなければ、闇に隠れた権力にいいように操られてしまうのである。

 意識を持たない羊たちは、自分が家畜として利用されるだけであることに気づかない。

 ニセモノの平和の中にまどろんでいる。

 

 亜透奈(あすな)は、そんな屈辱的な生は送らない。

 その強い意志と、鋭敏なアンテナがある。

 

 亜透奈(あすな)は映えのいい目ぼしい情報を選んで、拡散に力を入れた。

 こういう目覚めた個人の小さな行動によって、「真実を探る目」は出来上がっているのだ。

 組織立っていないからこそ、権力はこれをつぶすことができない。

 

 亜透奈の仕事の半分はオンラインで済ませられる。

 通勤の必要が少ない分、こうした活動に当てる時間も増やすことができるのだ。

 組織立たない、それでいて世界規模の「連帯」こそが、闇の権力のグリップを逃れ、ヤツらを光の中に引きずり出すだろう。

 何世紀にもわたって行われてきた支配を終わらせなければならない。

 

 皮肉なことだ。

 ヤツらが「支配」の道具として作り出したNETという環境が、ヤツらの足元を揺らがせているのだ。

 タブレットの青白い光に浮き上がった亜透奈の顔は、かすかに笑みを浮かべているようだった。

 

 亜透奈のような「戦士」は世界中いたるところにいる。

 有名どころも無名な者たちも。

 誰がそうなのかは、亜透奈にも分からない。

 それでいいのである。

 だからこそ「真実を探る目」は強いのだ。

 

 アメリア共和国の大統領選では、スランプが頑張っている。

 DSの操り人形であるハイデンを追い落とすために。

 

 いや、これは比喩ではない。

 ハイデンが人間ではなく、DSの先端科学によって造られたアンドロイドだという事実はもはや公然の秘密なのである。

 ハイデンの演説会での映像は多くの人々の知るところとなった。

 

 シワのように見える皮膚の裂け目から、その下の合金が見えてしまっている映像が「真実を探る目」によってNET上に流出しているのである。

 それも1つの角度からではなく、さまざまな場所や角度から撮られた動画に写ってしまっているのだ。

 拡散され、もはや消し去ることはできない。

 

 おそらく、ルーシア連邦との代理戦争や中東情勢への対応に時間が取られ、メンテナンスが杜撰になったんだろう。

 階段で躓くなど、動作にも異常が出始めている。

 

 国民の目を欺くためにDS自身が作り出した状況が、このミスを誘発したんだから笑えるよね。

 

 まもなくだ。

 まもなく、数世紀にわたるDSによる支配は終わりを告げるだろう。

 彼らが歯牙にもかけなかった羊たち、従順で支配されるだけだと思っていた羊たちの中に紛れ込んだ「目覚めたる羊」たちによって——。

 

 

 まもなくオンライン会議の時間になる。

 何の有効な結論も出ない「会議」の時間に・・・。

 

 亜透奈は鏡に向かって表情を調えてから、アカウントをプラーベートからオフィス用に切り替えた。

「こんにちわぁ。よろしくお願いしますぅ。」

 

 

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