久々の短編SF小説(?)です。
夜の闇の中を7人チームの小隊が進んでいく。
頭部から頸部を守る何かの幼虫のような形のヘルメット。目を守るだけの透明なカバー。
最近の標準的戦闘服スタイルと言っていい。見た目は重装備だが新素材を使っているので総重量は軽く、人体への負担は少ない。
その小隊を藪の陰から見ている者たちがいた。
こちらの小隊も8人。
じっと息を潜めて、襲撃のチャンスを窺っている。
彼らの目には衛星からの画像も同時に見えていた。
ウエアレスデバイスを通じて衛星の軍事データにアクセスできる兵士たちには、視認する前から敵の位置も人数も行動も把握できている。
小隊長が静かに手を上げ、そして振り下ろした。
攻撃開始の合図だ。
8人が一斉に敵の7人に向かって銃弾を浴びせる。
敵は対応する余裕もなく、バタバタと斃れてゆく。戦場情報で劣勢に立つ者の悲劇だ。
・・・・が、次の瞬間。
景色がわずかに揺らいだように見えると、まるで何事もなかったかのように暗闇を進む7人の兵士の姿が現れた。
「しまった! フェイクだ! 本部! 我々の衛星システムがハッキングされてるぞ!」
それが小隊長の発した最後の言葉になった。
8人の兵士は血の海に沈んだ。
* * *
20XX年。
戦争の勝敗を決めるものは、もはや戦闘に入ってからの武器や兵士の能力ではなく、それ以前のサイバー空間における情報戦にそのウエイトは移っていた。
生成AIによって造られる偽データの攻撃と、それを防御する識別AIの熾烈なイタチごっこの競争。
ハッキングAIと防御するセキュリティAIとの熾烈な成長競争。
それらはすでに人間の認知能力を超えており、それらの軍事的AIの開発でさえAIを駆使しなければできる状況ではなかった。
その開発競争に負けた国は、敵国からいいように国内政治も軍も操られてしまう。すでに戦闘以前の問題なのである。
血液中にマイクロ端末を注入する「ウエアレスデバイス」が普及して、そろそろ10年になる。
人々の生活は便利になり、国家にとっても国民を「有益」な情報に誘導しやすくなり、秩序維持が容易になったという意味でもメリットは大きくなった。
一方で、それを敵国に握られれば国家は一気に崩壊する——というリスクとも背中合わせになっている。
敵のフェイク情報を遮断し、敵国を弱らせるためにフェイク情報を送り込む技術を高めなければならない。
敵のハッキングを防御し、防衛のためにも敵のシステムをハッキングする能力を高めなければならない。
各国とも、その開発競争に躍起になっている。
それはもはや、AI抜きでは成り立たない競争であり、戦争であった。
* * *
「我が国は優位に立てているか?」
プーサンは腹心のショボイグに尋ねた。
ショボイグはプーサンがまだスパイ組織の下っ端だった頃からの「戦友」であり「仲間」だ。
そこからスパイ組織で培った裏の情報技術でのし上がり、政敵をことごとく斃してすでに20年以上この国のトップに君臨しているプーサンは、こうした昔からの「仲間」以外を一切信用しなかった。
「この分野に関しては、我が国の方に一日の長があるようです。」
ショボイグは口の端を大きく上げてプーサンに答えた。
プーサン自身はデジタル技術に明るいわけではない。
だから、こうした戦争AIの開発について技術的なことがわかるわけではない。
・・・が。
この競争に負ければ、自分の政権はあっという間に崩されてしまい、勝てば、最大の敵国を弱体化させることができる。
それだけはわかっている。
「具体的に説明してみろ。」
プーサンが椅子を回転させると、ショボイグは揉み手をするような仕草を見せて腰をかがめた。
「このところの隣国との戦争におきまして・・・」
「あれは隣国ではない。我が国の一部だ。」
「左様でございますが、今のところ最大敵国のアーメリア共和国の支援を受けた傀儡政権がまだ踏みとどまってございます。」
「ふん!」
「しかし、東部での戦闘において、敵の情報システムを我が国のフェイク情報技術とハッキング技術が撹乱しておりまして——。地上部隊は連戦連勝でございます。」
「ふむ。」
プーサンは少し満足そうな顔をした。
「ウエアレスデバイスが一般化した現代では、我々が送り込む偽データでそこに現実の部隊がいるように見せかけたり、実際の部隊が存在しないように見せかけたりすることが可能なのです。奴らは偽の部隊に攻撃を仕掛け、存在しないはずの部隊から攻撃を受けているというわけです。」
ショボイグはさらに続けた。
「我々はアーメリア共和国の大統領選にも介入しております。やがて、彼の国を弱らせ、我が国に都合の良いことをする大統領が誕生するでしょう。」
「うむ。」
「我が国はサイバー戦争で優位に立っております。大統領選の介入を成功させれば、その優位はさらに大きくなるでしょう。」
ショボイグは胸を張った。
「油断はするな。上手くいっているように見える時こそ、細心の注意を払え。」
「はっ!」
ショボイグは、ぴっと姿勢を正して敬礼すると、部屋を出ていった。
やはり、情報戦では我々の方が一枚上手か——。
プーサンは満足して、棚のお気に入りのウオッカに手を伸ばし、そして、ふと不安になって手を止めた。
今のショボイグは「本物」だったんだろうな?
了