5 隠された間取り
「では皆さん、もう一度家の中を見て回りましょう。」
輝子先生は椅子から立ち上がった。
「わたしが気づいたヒントからお話しいたしますわぁ。」
わたしは、わくわくしながら先生の後に続いた。
芳弘(よしひろ)さんと利惠(としえ)さんと梨花(りか)さんも、興味津々という顔でついてくる。
輝子先生はまず、一度も使われなかったというパーティールームの入り口に立った。
「この入り口の引き戸、すごぉく大きいでしょう?」
入り口の幅だけで3メートル以上あるような大きな2枚引き戸だ。
「ガラスの入ったお洒落な引き戸ですけど、けっこう重いですわよねぇえ。」
「ええ、私たちも2枚とも開けたことはないです。だって、掃除するくらいしか入る用事ないんですから・・・。」
「どうして、こんなに広く開けたんでしょう? 最初の疑問はそこでした。全部開けると、玄関ホールとほぼ一体の空間になっちゃいますよねぇえ?」
「パーティーのお客さんを迎えるためなんじゃないですか?」
とこれは、わたし。
「いや、それでも1枚分あれば十分です。どうしてこんなに広くしたんでしょうね?」
芳弘さんも不思議そうな顔をした。
「一度も使ってなかったので、今まで何も疑問に思いませんでしたが・・・。」
「次はこちら。」
輝子先生が寝室の方に向かったので、わたしたちもぞろぞろとついていった。
「ずいぶんと広い寝室です。」
たしかに、めっちゃ広くて贅沢な寝室だ。クローゼットも充実している。
「なぜ、ここまで広くする必要があったんでしょう? 梁が1本で跳ばないから、部屋の真ん中に柱が立ってるほどですわぁ。」
「けっこうこの八角形の柱、気に入ってるんですよ。梨花が小さい頃はお転婆で、よくよじ登ってたなぁ。」
「やめてよ、お父さん。」
梨花さんが笑いながら言った。いい父娘おやこ関係みたいだ。
「シャワー室も洗面もあって、ホームバーまでありますね?」
「それは、わたしが要望したんです。シャワー室はともかく、ホームバーは使う機会も余裕もありませんでしたが。」
芳弘さんが苦笑いする。
「それでは、それらの位置と、この太い梁の位置を覚えておいてください。」
「?」
「?」
「?」
それから、輝子先生はとんとんと階段を上がって2階へと向かった。
「大きな部屋が2つと納戸がありますね。そして階段ホールから奥に入った所にはミニキッチンまであって、水回りがそろっています。親子3人の家族ですよぉ? 1人1つずつ水回りがある計算ですよねぇえ?」
これは最初に見た時に、わたしも思った。こんなに水回りいるのかな? って。
「たしかに・・・。」
芳弘さんと利惠さんが笑い出した。
「でも、私たちが要望したことでもあるんですけどねぇ。」
「2階のミニキッチンもですか?」
「いえ、それは杉村先生が・・・。洗面も・・・。」
「梨花さんが大きくなったら使うと考えたんじゃないですか?」
とわたしは言ってみる。先のことも考えて設計する人なんでしょ?
「いえ、わたし使ったことないです。だって階段下りたらキッチンあるんだもの。」
そんな・・・、一瞬で返さないで・・・。身も蓋もない。(^^;)
「ここからわたしは、ある仕掛けを読み取ったんですのぉ。」
輝子先生が両手を腰に当てて、少しドヤ顔で胸を張った。
「この家は、3世帯のシェアハウスにもなるように最初から仕掛けられています。」
「ええ?」
「シェアハウス・・・って?」
「ここから先は図面で説明しましょう。」
そう言って輝子先生は、階段をとんとんと下り始めた。
わたしたちもあとに続く。
ところが輝子先生は階段の途中にある楕円形の窓の前で立ち止まって、ちょっと眉根を寄せている。
「先生、どうかしたんですか?」
「ん? ・・・うん・・・。」
輝子先生はなんだか煮え切らない生返事をした。
どうしたんだろう?
「近くにコピー取れるところあるかしらぁ? 図面に描きながらお話ししたいんですけど、あの図面に描くなんてことできませんからぁ。」
輝子先生はダイニングテーブルの前に戻ると、金田さんに訊いた。やはり、図面にはできるだけ触れないようにしている。
「2枚に分けてでよければ、うちのスキャナーで取れますわ。コンビニ、少し遠いですから。」
利惠さんがそう言って、ひょいと図面を持ち上げて小首を傾げた。
この人のこんな仕草は、ちょっとかわいい。おばあちゃんだけどね。
「あ、分かれてて大丈夫ですわぁ。テープでくっ付ければいいだけですからぁ。1階と2階の平面図と配置図をお願いします。」
利惠さんが家事室の方へ行き、スキャナーで取ったコピー2枚をテープでくっつけて持ってきてくれた。
輝子先生がそれに、赤のボールペンでささっと線を引く。
「まずは寝室からね。寝室には洗面もトイレもシャワー室もそろっています。この広めのシャワー室に浴槽を置いてホームバーをキッチンに置き換えればぁ? 1軒の家と同じ設備になりますね。」
さらに輝子先生は、あの八角柱のまわりを指でなぞって見せた。
「ここには天井に太い梁が見えてましたよねぇえ? この梁の下でしたら、どこも壊したり修復したりすることなく、安く簡単に間仕切りを作ることができますわぁ。」
輝子先生が間仕切りを描くと、あの広い寝室は一瞬にしてコンパクトな住宅に変貌した。
金田さんたちが、口をぽかんと開けている。
わたしだって、そうだ。
「寝室のベッドは、現在金田さんご夫妻が生活の大半を過ごしているこちら——ダイニングキッチンに付属した予備室に持ってくれば、こちらも一軒の住宅の完成ですわぁ。」
そう言って輝子先生は、よく用途のわからない部屋だった予備室の中にベッドを描き込んだ。
「この部屋、ベッドルームとして見たらとても手頃な大きさになってますわねぇえ。トイレやお風呂も近いですし、サウナまで付いておりますわぁ。」
たしかに・・・。
いま輝子先生が説明したここまでの改変なら、信じられないほどのローコストでいける。
マジか! とわたしは思った。
輝子先生の言うとおりなら、杉村常正という建築家は、この状況が作れるように、あらかじめ最初のプランの中に隠すようにもう1つのプランを仕込んでいたということになる。
だからといって、今のプランがどこかぎこちないとかいうことはなく、きちんとバランスの取れたいい建築なのだ。
そしてもちろん、いま輝子先生が赤で描いてできたシェアハウスのプランもまた魅力的なのだ。
1つの建築の中に、もう1つの別のプランを重ね合わせるように隠しておいたのだとしたら・・・。この人、神がかった天才だわ・・・!
そして、それを読み解いた輝子先生も・・・・。
シリーズ『1級建築士御堂寺輝子の推理録』はこちらで最初から読めます。
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