4 間取り推理

 

「そういうことでしたら・・・」

と。金田さんは静かな微笑とともに輝子先生を見た。

「よろしくお願いします。それから、些少ではあっても設計料は払わせてください。」

 金田さんはさらに大きく破顔した。

「タダほど高いものはない、ということをこの30年で学びましたから——。」

 

「そうですわねぇ。わたくしの『タダ』も、そのあとがお高いですわよぉ。」

 輝子先生もにっこり笑った。

 

「この家の設計図面はありますか? もし残ってるんでしたら、見せていただけます?」

 輝子先生は早速そう訊ねた。

 

 図面があれば、検討しやすいけど。30年も前だもんねぇ・・・。と、わたしは思う。

 捨ててなくても、きっとどこかに紛れちゃってるよね。

 

「ああ、少しお待ちください。」

 奥様の利惠(としえ)さんがすぐそう答えると、ご主人の金田芳弘(よしひろ)さんは少し驚いた顔をした。

「おまえ、そんな昔のもの、すぐ出せる所にあるのか?」

「はい。」

 

 あっさり答えて、利惠さんは階段をとんとん上がって2階へ行き、すぐまたとんとんと下りてきた。

 手に、製本された分厚い図面を持っている。

 

 それがテーブルの上に置かれると、輝子先生は嬉しそうに目を輝かせ、そして宝物でも触るように、そうっと開いた。

 

 青焼きだ!

 白黒のコピーじゃない。

 昔の、トレーシングペーパーの原図を感光紙に焼き付けるやつで、線が群青色になるやつだ。

 もちろん全部手描きで、しかも、図面というよりこれは絵画だ。絵画のように美しい。

 

 輝子先生は平面図のページを開いて、ほう、っとため息をついた。

 

「おまえ、物の整理がいいんだなあ。」

 芳弘さんが感心したように言う。

「だって、これだけでもすごくきれいなんですもの。隅の方に入り込んで分からなくなったり傷んだりしたら、もったいないでしょ?」

 

 一方の輝子先生は

「うん。 うん。」

と何か1人で納得している。

 両手のひらを口の前で合わせて、目を輝かせ、時々人差し指で図面のどこかを指差すような仕草をしては、その指先で空中に何かを描いている。

 図面にはページをめくる時以外、触ろうとしない。

 まるで重要文化財でも扱っているみたいだ。

 

 輝子先生には何かが見えているらしい。

 メッセージが隠されている——って言ってましたよね?

 建築の中にですか?

 図面の中に?

 

 わたしには全く何も分からない。

 ただバランスのいい間取りと、絵画のように美しい青い図面が見えるだけだ。

 もちろん書かれている数字や寸法線は、普通に図面のもので、そこに何か暗号のようなものが隠されているようには見えない。

 

 間取り自体がメッセージなんだろうか?

 わたしも何かを読み解こうとして、平面図を見る。

 

 ・・・が、わたしにはよくできた美しいプランにしか見えない。

 群青色の線が、きれいだなぁ・・・。

 

 玄関を入ると広いホールのような廊下があり、それに隣接して金田さんが「後悔した」と言った暖炉つきのパーティールームがある。

 反対側にはこれまた広い寝室があり、ワインセラーやプライベートバーまである。

 洗面やシャワー室も寝室の中に浴室とは別にあり、中庭も挟んでいて、確かに豪勢な作りだ。

 浴室も広く、半屋外みたいなスペースを挟んでサウナまである。

 パーティールームの脇から緩くて幅の広い階段が2階まで続いていて、2階にも大きな部屋(広間と言った方がいいくらいの)が2つもあり、階段ホールにもミニキッチンやトイレや洗面まである。

 さっき見て回った時、ミニキッチンの上のトップライトから見える空がきれいだった。

 

 今わたしたちが図面を広げているところがダイニングキッチンで、これだけだって普通の家の1軒分くらいの広さだ。

 納戸の隣には畳の予備室まである。

 いったい何人で住む家なのか——という感じだが、当時の金田さんの家族構成はご夫婦と娘さん1人の3人家族で、梨花さんが結婚した今は夫婦2人だけで住んでいるわけだ。

 

「お掃除が大変で・・・。2階は今はほぼ物置です。」

と利惠さんが苦笑いする。

 広さを持て余しているようだ。(^^;)

 

「2階の狭い方の部屋がわたしの部屋で、窓の向こうには林が見えて、小鳥がやってくるのを見るのが好きでした。」

 梨花さんがちょっと目を細める。

「あの林は指定保護林なので、この先もなくなることはないんです。」

 

 そんな話をしている間も、輝子先生は指先で空中に何かを描きながら、独りで何かを納得していたが、やがて腑に落ちた、という顔で言葉を発した。

「やっぱりだわぁ。」

 輝子先生は嬉しそうに顔を上げて、わたしたちの方を見た。

「この間取りは、杉村先生から未来のわたしたちへのメッセージだったのよぉ。金田さんのために遺していかれた・・・。」

 

「ええ? どういうことですか? 御堂寺先生・・・。」

 芳弘さんが目を丸くする。

「30年以上前に描かれた図面ですよ?」

 

「先生。読み解けたんですか? どこにそれが隠されてたんですか?」

 わたしも思わず、輝子先生の顔を見た。

 

 輝子先生はすごく幸せそうな顔をしていた。

「解けたわよぉ、輪兎ちゃん。わたしがここに呼ばれたのは、きっと神様のお引き合わせよねぇえ。」

 

 やっぱり輝子先生、今日はちょっとヘンです。舞い上がってますよ?

 まあ、憧れの建築家のメッセージを読み解いたんですから、そうなっちゃっても仕方ないかもですけどね。(*´艸`*)

 

 ・・・で。

 そのメッセージは何なんですか?

 どこに隠されてたんですか?

 

 わたしにはまだ、さっぱり分からない。

 見当すらつかない・・・。

 

「それでは、説明いたしまぁす。」

 輝子先生はもみ手をするように、手をこすり合わせた。

 

 

シリーズ『1級建築士御堂寺輝子の推理録』はこちらで最初から読めます。

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