今度は事件があります。でも犯人は分かりません。(それ、推理小説か?)

 

 

     1 1年点検

 

「今日はちょっと忙しいわよぉ。」

 いつものカモミールティーを飲みながら、輝子先生がほにゃっとした顔でそう言った。

 その顔、全然忙しそうに見えないんですけどね。(^^;)

「午前中、尾和利さんとこの1年点検。小林工務店の小林さんも来るから。でぇ、午後2時半から新しいリフォーム依頼の住宅、見に行くわよぉ。その間に一旦戻って、晩ごはんの下拵えしとかなきゃあ。」

 ・・・・主婦だ。

 

 いつもののんびりした口調で言ってるけど、けっこうタイトなスケジュールだ。

「晩ごはんの下拵え、手伝いましょうか?」

「あらあ、いいわよぉ。それは輪兎ちゃんの業務には入ってないからぁ。」

「あ、先生の料理美味しいから、レシピが知りたいなぁ、なんて。もちろん、図面描いてなさい、ってことでしたらそうしますけど・・・。」

「ああ、じゃあそれ、手伝ってもらえるぅ? 今急いでる図面ないしぃ。ちょっと気が楽になるわぁ。」

 

 尾和利さんの家は、わたしが入る少し前に竣工したものだそうだ。

 外観だけは見ていたけど、中が見られることにわたしは少しワクワクしている。

 

 輝子先生の仕事は、わりと近場に集中している。それだけ輝子先生の人柄が信頼されている、ということでもあるんだろう。

 私は定型のチェックリストを用意して、ルンルン気分で輝子先生についていった。

 街にはすでにクリスマスソングが流れ始めている。

 

 

「いやあ、もう1年になりますか。いや、快適に過ごしてますよ、御堂寺さん。風が気持ちい。」

「そう言っていただけると嬉しいですわぁ。何か不具合なところはありません?」

「ないですねぇ。最高ですよ。言われたとおり、柱はひび割れてきましたけどね。それは本物の自然素材だっていう証拠ですから。」

 

 むき出しの柱や梁にひび割れが入っているし、漆喰壁と柱の間にも少し隙間ができているところがある。

 木が乾燥して縮んだせいだ。高温乾燥していない天然乾燥の木はこうなりやすい。

 それをしっかり施主さんに納得させてしまっているあたり、さすがは輝子先生。

 

 前の会社じゃこうはいかなかった。壁と柱の間にわずかでも隙間なんかできたら大クレームになっちゃう。

 だから、壁はボードにクロスか漆喰系の建材をローラーで塗るくらいで、左官仕上げなんて夢のまた夢だった。

 柱も狂わないよう集成材にして、表面だけ薄い木の単板(シールみたいに薄く剥いだ木)を貼って、本物の檜の柱みたいに見せていただけだ。

 もちろん営業の説明は「構造計算上の強度も高く、狂いもなく、ひび割れもしないハイブリッドな優れモノです」——。

 でも、わたしはやっぱり自然素材は自然のまま使いたかった。

 

「どうぞ、お上がりください。新しいお弟子さんですか?」

「工藤輪兎と申します。今年から輝子先生の弟子になりました。よろしくお願いします。」

「共同経営者なのぉ。優秀なんで助かるわぁ。」

 それは持ち上げ過ぎです、輝子先生。だいたいその話は・・・。

「共同経営者・・・?」

「あははぁ。まだ最低賃金払える自信ないもんだからぁ。」

「あ、・・・労働基準法ね・・・。それは、脱法行為では? いいんですか? 警察官にそんなこと言っちゃって。」

と、尾和利さんが笑う。

 

 え? 警察官?

 

「あはは。警察って聞くと、みんなコワばるんですよね。」

 わたし、コワばったのか? 顔・・・。

「間抜けな警察官です。」

 そう言って、尾和利さんはまた、あははと笑って頭をポンと叩いた。

 

 えっと・・・、どう返したら・・・?

 

 お・ま・わ・り——さん。

 あ! そういう意味か!

 

「あはっ・・・」と笑ったタイミングが完全にズレてた。

「スベったかなぁ。」

と、尾和利さんはまた頭に手をやって、今度は苦笑いした。

 すいません。頭の回転わるくて・・・。

 

「警察官は市民の味方ですよ。特に私は生活安全課ですから、何か困ったことがあったら遠慮なく相談してください。御堂寺先生のお弟子さんなら、なおのことだ。」

 真面目な顔でそう言ってから、尾和利さんはまた屈託のない笑顔を見せた。

 

 そうこうしているうちに、工務店の小林さんも大工さんと電気屋さんと設備屋さんを連れてやってきた。

 

 全員が集まったところで、1年点検が始まった。

 ひと通り設備機器の点検や、基礎や屋根の状態、建具の動きなどを点検したが、これといった問題は何もなかった。

「小林さんが優秀だから、助かってるわぁ。」

「いやいや、先生の設計がいいんですよ。いや、ほんと。どう作るか、まで考えて線引いてくれてるから、施工に無理がないんでさぁ。」

 

 それは、わたしも感じている。てゆーか、輝子先生はそこは厳しく言うんだ。「輪兎ちゃん、これ、どう作るつもりなぁの?」って。

 線で描くことはできても、実際に作ろうとすると無理がある——ということがあるんだ。と、わたしは輝子先生のところに来て初めて知った。

 無理のある形は、長持ちしない——と。

 

 点検は30分くらいで終わって、あとはテーブルを囲んでの雑談になってしまった。

「ここのお饅頭、美味しいんですよぉ。」

 尾和利さんの奥様が出してくださったお茶で、ひとときの歓談が始まる。尾和利さんは輝子先生や職人さんたちの顔を見るのが楽しいらしい。

「工事が終わると、なんか寂しくなっちゃうんですよねー。1年と言わず、半年に1回でも点検を口実に遊びに来てくださいよ。」

 いつも思うことだけど、輝子先生は施主さんとの信頼関係が素晴らしいのだ。

 

 

「さあ、て。帰って晩ごはんの下拵えしたら、すぐ小森さんとこ行かなきゃ。」

 尾和利さんの家をあとにして、クリスマスキャロルの流れる商店街を歩きながら輝子先生は大きくひとつ伸びをした。

 

「あ、コロッケ買っていこ。ここの手作りコロッケ美味しいのよぉ。これで1つ手抜きができるわぁ。お昼も揚げたて食べましょ、輪兎ちゃん。」

 あ、これも輝子先生のレシピのうちか・・・。。(^^;)

 

 そうして足速に歩くわたしたちは、その後の驚くべき展開など全く想像もしていなかったのだった。

 

 

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