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 ビルの壁から突然、竜崎翔弥が浮き上がるようにして現れた。

「竜崎!」

「竜崎さん!」

「あっ!」

 次の瞬間。そこにいる全員に、あの感覚が訪れた。

 

 記憶の奔流!

 さらに。

 あたりの景色までが揺らぎ、微妙に、場所によっては大きく、姿を変えてゆく。

 

 翔弥の中にも、湧水が砂を吹き上げて湧き上がるような勢いで『新しい記憶』が立ち現れてきた。

 笹島課長が目を輝かせた。

「ビオトープが・・・!」

「そう。8割がた完成しています! あと少しです。・・・しかも・・・」

 翔弥は、ふわりと身体を宙に浮かせた。

「今は、私も魔法が使えます。それも、かなり強力なやつが——。みんなの魔力も、うんと強くなっているはずですよ。浮いてみてください。一緒に・・・。」

 翔弥は成功したのだ。過去の改変に——。

 

 なだれ込んできた『新しい記憶』は、これまでのものとは桁違いにはっきりしていた。

 これまでの『過去』が裏側のない芝居の書割であったかのように、『新しい過去』は生き生きとして立体的だった。

 あのあと、翔弥と新村は互いにかけがえのない友人になることができた。荒井は学校にこなくなり、やがて地元新聞に書き立てられた荒井議員は辞職した。

 しばらくすると、翔弥の肩には大きなドラゴンの紋章が現れた。不思議なことに、それを見ることができたのは新村だけだった。

 しかも、新村には身体のどこにも『紋章』がない。もちろん、翔弥の両親にもなかった。

 

 ほどなく、翔弥の前に現れたコーウェル老師に導かれ、訓練所で魔法を習うようになった。

 翔弥の魔法能力のポテンシャルは桁違いだった。

「君が——、伝説の魔導士なのかもしれないねぇ。」

と老師は翔弥に言った。

「僕のは、肩です。」

「伝説というのは、必ずしも細部までその通りになるというわけじゃないんだ。伝言ゲームみたいなものだからね。」

 新村が翔弥の『紋章』を見ることができた訳は、コーウェル老師にも分からないようだった。

 あるいは、新村こそが覚醒前の『伝説の魔導士』なのではないか?

 翔弥は当時、ふと、そんなふうにも考えたものだった。

 

 その後、新村とは高校が別になり、しかも新村は県外の農業高校に進学したから、自然、行き来が少なくなり、初めのうちこそメールのやり取りもあったが、そのうちそれもなんとなく時候の挨拶くらいになってしまっていた。

 最近きた近況メールでは、どこかの限界集落に移住して、有機農業をやっているはずだった。

 

 

 その場の全員が宙に浮き上がって、翔弥とともに輪を作った。11人いる。

 輪の中心に淡い光が現れ、コーウェル老師が出現した。高位の魔導師だけが使うことのできる『瞬動』の魔法だ。

「皆、真の歴史の記憶は定着したかな?」

「真の・・・?」

 翔弥がおうむ返しにつぶやいた。

「そうだ。これが、真の歴史——本来の世界だ。ここまでの3つの世界は、黒の魔女を欺くためのフェイクだったんだよ。私もまた騙されていたんだ。黒の魔導士も白の魔導士も、フェイクの世界に意識を向けられてしまっていたのだな。敵を欺くにはまず味方から——って言うしね。」

 老師は皆を見回して、穏やかに笑った。

「そういえば、古文書にこんな1節があったのを思い出したよ。

『魔女が再び顕現せる時、これを退治る為に、竜は3つの嘘を用意するであろう』

これが、そうだったのだ。ドラゴンを顕現させるための魔法陣を、準備の整うまで黒の魔女の目から隠すために——、周到に仕掛けられたフェイクだったんだよ。」

「3千年も前からですか?」

 翔弥が聞いた。翔弥の人生は、3千年も前から運命付けられていたのだろうか?

「そうかも知れんし、そうでないかも知れん。誰が?——と言うなら、銀のドラゴンそのものと考えるのが自然だろうな——。ドラゴンは今、何処にいるのかは分からんが、案外、フェイクは割と最近仕掛けられたもので、古文書は単なる『予言』だったのかも知れん。まだまだ、わからないことだらけだ。」

 老師は、お手上げだ、というふうに肩をすくめて見せた。

「ただ、黒の魔女を欺くことには成功したようだよ。」

 

 それから老師は皆を見回し、目で地面を指した。

「下に降りんかね。もう敵も気づいておるし、明日の朝には魔法陣の完成を妨害すべく、総力戦を仕掛けてくるだろう。こちらも準備をせねば・・・。ここに今集うておる12人は、ドラゴンに選ばれた者たちだ。世界中から集まっている白の魔導士を率いて、敵と戦う闘将として——。」

 皆が夜の路面に降りると、老師は続けた。

「笹島くん。君が、全体を指揮してくれるか。」

「私が? ・・・老師を指揮するんですか?」

 老師は、また穏やかな笑顔を見せた。

「違うよ。私は後詰めとして不測の事態に備える。12人目は私のことじゃない。もうすぐやって来るよ、最も重要な戦士が——。」

 そう言って、老師は顔を街路灯の向こうの暗闇に向けた。

「彼こそが我々の切り札(エースインザホール)だ。」

 

 

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