先週のtre-sen企画
「シリーズ日本を学ぼう」 最終日の金曜日を振り返ります。

最後は武田鉄矢さんをお迎えしました。

沈んだ日本を、
人々を元気にして欲しい!

そんな思いでお呼びしました。

お話しは
これだけの厄災をうけて
それでも、なお秩序が乱れず、しっかりと人間として行動できる日本人とはなんなのか?

今、私たちの心の中で何が起こってるんだろう?

僕等をつきうごかすものは一体なんなのか!?


こう言った疑問から
始まりました。

あれでもない…
こうでもなさそうだ……

一緒に考えました。
(考える時間を与えて下さっていたんじゃないかな…武田さんの中にはしっかり答えがあったからね。優しい方です。)

暫く話してから武田さんはこう切り出しました…


「一ヶ月間、テレビ報道観てたり新聞の活字を読んでたけどよ。もうあんたがたの言う事は信用せん。って思ったよ。他人を信じる事によって満たされる時代っていうのは本当に終わったんじゃねぇかな……。科学の言葉もあてにならない。政治の言葉もあてにならない
でも私たちはそれらのものを無くしても、なお生きていけるんだよ。正しく。

その事を今、日本人は確認してるんじゃないかな

つまり“春が来た”って……。ただそれだけの希望で日本人は生きて生けるんだよ
そんな国に生まれて来たんのよ。でさ、絶対攻めないんだもん。この厄災を震災を。
だって違うとこ行こうって奴いないんだもん。
別に逃げる場所ないんだもん。つまりやっと俺達ステイツでもなければ、カントリーでもない、
“グラウンド”を今、握りしめたんじゃないかな。俺たちを動かしているのは
実は“地面”グラウンド。
それが揺れてもとにかく耐えるんだよ。そして俺達を動かしてる希望はシーズンだよね。桜が咲いた瞬間に来年は笑ってきっとみようなっていう桜が約束してくれるもの。これをありありと確認しあってるんじゃないかな。
日本人を動かしてるものはそういった美意識なんじゃないかな。そして今、
過去が日本人の中になだれ込んでる。やっと過去と連絡がとれたって言うのかな……。過去からの声が日本人になだれ込んでる。哲学者プルーストと言う人がいます。この人が
「失われた時を求めて」
この中で時間論を展開しています。今こうして話している現在は、なんの意味もない、お互いに時が過ぎていくだけのとてもつまらない日常の時間です。ところがこの日常の時間が“ある過去”と結び着いた瞬間、光りに満ち溢れた現在になる。つまり今と言う時間が過去と結ばれた時、現在は意味をなすんだよね……。」

堰をきった様に
武田さんの中からあらゆる言葉が溢れだすんです。

まとめると、
春夏秋冬、シーズンと
この国土、グラウンドと
先人達の生き様、過去からの声が僕等を動かしていると言うことです。

なんだかこれだけで
ジワッと心が和み納得できました。

まだまだ続きがあります
それは「武田鉄矢さん2」にて……

「み」