先日、儒教についての本を読み、
今は福沢諭吉の「学問のすゝめ」を読んでいる途中です。
「学問のすゝめ」を読み進めると、
なるほど、読む前にどこかで聞いていたとおり、
儒教、中国の学問への批判が強烈に述べられています。
日本にやって来た儒教はすでに中国国内で、
社会倫理が中心になり、治世に利用され、
宗教性はすっかり色を消した状態でした。
そして江戸幕府に、国を治めるための道具として利用されるようになりました。
江戸幕府が倒れ、明治の世が始まり、
人々の心を、これまでの幕府の圧政下での不自由な世界から
一日も早く解放しなければならない。
その思いが儒教批判ということになったのは
無理もないことかもしれないな、と思いました。
けれども、これでは孔子様にとっては
誤解されたまま中傷を受けているようなものです。
孔子が生きた時代もまた、
国内にいくつも争いが起こっていた
乱れた世の中。
人々をこの乱世からなんとか救いたい、
この思いから、古くから土着の宗教であった儒を
宗教の部分と社会倫理の部分に整理し、
社会の秩序を立て直そうとしたのが
孔子、なのだそうです。
宗教としての儒教は、祖先を崇拝することで、
死への恐怖を取り除こうとするのだそうです。
祖先は霊媒師の身体を借りてこの世に戻って来られ、
子孫たちに語りかけることができるので、
魂はいつまでも残り続けられる、というわけです。
そうなると自然と「家族」がとても大切な単位になってきます。
「家族」
この一年は、とても長く重い時間であったように感じます。
考えなければいけないことが次々と起こり、
なかなか心の整理のつかない日々を過ごしました。
でも確実に、本当に大切なものが何なのかが
少しずつでもわかってきたような気がするのです。
人は社会の中でなければ生きられない。
人とのつながりを持たなければ生きられないんだ、ということ。
社会のいちばん小さな単位、家族。
明治以来、許されるようになった「自由」の意味を履き違え、
個人主義に走り、他者とのつながりを嫌い、
社会の大切さを忘れてはいなかったか。
儒教との出会いは
私にとってとてもタイムリーでした。
心の整理が、ようやくついてきた気がしています。
儒教についてわかりやすく記してくださった加地伸行先生に
感謝いたします。