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     2016.6.26、今まで書きちらしていた『真田丸』感想を再掲しようと開始。
     過去記事もしばしば加筆修正し、写真を追加しています。


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いまさらなのだけれど、昨年の大河ドラマ『おんな城主直虎』についてどう感じたか、簡単に書き留めておきたい。

 

ちなみに、私は大河ドラマ枠のファンなので、その時に日本にいなかったとか、その時間に家にいることができなかったとかいう以外は、大河ドラマを見る人である。ドラマがつまらなければ、ながら見で他のことをやっているが、基本的にずっと見続けるものであって、最初の数話で視聴を打ち切るということはしない。直虎は当初は不安の方が大きかったが、それでも次第に面白くなり、最終的には見て良かった…と思えるドラマだった。

 

●当初の不安

 

正直なところ当初は不安だらけだった。最大の要因は、この制作統括(岡本幸江)&脚本家(森下佳子)&音楽家(菅野よう子)のコンビで作られた朝ドラ『ごちそうさん』(2013年9月~)が好きになれなかったから。

 

制作統括が目を付けた「おんな城主」という素材は、いかにも安易な「女大河」ものになりそうな気がした。直虎は歴史よりもゲームで先に有名になった存在の様であるし、直前に男性である資料が見つかったことで、もともと低かった期待値が地に落ちた。
 

さらに、女性主人公でオリジナル脚本という点が「ごちそうさん」と同じだった。同じ森下脚本でも、原作があって男性主演だった「天皇の料理番」(民放制作)は良かったと思えたが、『ごちそうさん』と同じ設定でしかも同じ制作統括と組むなら、嫌いだった点も踏襲されるだろう…と思われた。果たして、直虎ことおとわも子供時代から活発でがさつでゲスく、ぎゃんぎゃん叫ぶ点は『ごちそうさん』と同じで、感情移入しづらかった。主人公の欠点を描く点は評価するが、その描き方がゲスイというのが私の趣味には決定的に合わなかった。
 

それ以外に演出面で、朝ドラでも大河でも放映序盤の音楽の付け方がいかにもあざとく煽るような感じで、げんなりした。直虎のOPの理科の植物のような映像、子役時代のアニメ世界のような風景、OP音楽から受ける印象などがバラバラな感じで、そのうえ初期の公式サイトやPRも貧弱だったため、私には、直虎には作品作りに明快なテーマがなく、かつ制作統括が力不足で制作関係者の間でイメージのすり合わせをうまくやっていないように感じられた。

ただ、今にして思うのは、脚本家が明快に作品のテーマを打ち出し、制作陣が意気込みを語る『真田丸』のような作品の方が例外かもしれないということだ。先日、NHK大阪で『真田丸』、『おんな城主直虎』、『西郷どん』のPR栞(登場人物の関係図がメインで書いてある)を見たのだが、脚本家の言葉が入っているのは『真田丸』だけだった。ただ、そんな作品の直後ゆえ、直虎の(もしかしたら例年並みかもしれない)PR不足は制作陣の力不足にも手抜きにも見えてしまった。


●ドラマ発端の弱さ

 

結果として、ドラマが進むにしたがって物語が動き始め、登場人物が生き生きし始め、公式サイトも充実し始めた。放送終了後、結果として感じたことを書いていこう。

 

子役時代が長いことは私にはプラスでもマイナスでもない。物語の中で、子供時代の描写が相応に必要であれば長く描けば良いのだ。本作では第4話の最後で子役から交代したが、『独眼竜政宗』では第8話の最後で交代し、しかも子役から青年役を経た。それでも遅いとは思わなかったのは、主人公を取り巻く家中や周辺勢力の状況を丁寧に描いたからである。私は歴史ドラマにおける子役時代の描写というのは、主人公の人格や立場を形成する時代背景や人間関係を描くためにあり、その期間の実質主人公として物語を牽引するのは登場人物の両親や師匠といった立場の人たちだと思っている。最近は子役ばかり持ち上げる評が多いが、私にとって子役はあくまでも脇役だ。

 

だから、直虎(おとわ)と直親(亀之丞)と小野政次(鶴丸)の3人の子供たちの人間関係に視野を狭めて長い子役時代を描写したことは、成長した直虎の物語を展開する上でブレーキになったと思う。井伊家の殿も家臣たちもあまり強い印象を残さないうちに死んでしまった。そもそも彼らが小野を忌み嫌う理由も、反今川派である理由もよく分からなかった。こんなバカな一族で、なんで今川の下ででも生き残ってこれたのか?という疑問しかわいてこなかった。小野と奥山と中野がどんな政治的立場、利害関係にあって対立しているのか、今川との関係、今川や井伊を取り巻く社会の状況はどうだったか、もっと丁寧に描いてほしかった。脚本家がその点に関心がなさそうだというのが、歴史ドラマとして本作の弱い点だった。

 

さらに、なぜ一族の当主が子供のおとわの言動に振り回されて、1人しかいない子に出家を許してしまうのか全然納得できなかったし、時代的に有り得ないだろうと感じた。

 

このように、本作は物語の端を発するための主人公を取り巻く社会環境の描写が特に弱く、それがドラマ全体をお伽話のように思わせてしまった原因だと思う。

 

ただ、寺での修行の生活が描かれ、南渓だけでなく2人の先輩僧侶も登場したことは良かった点だ。歴史ドラマで、主人公の家庭教師や軍師や使者として個人の僧が登場することはあっても、僧の寺での生活ぶりがクローズアップされることはほとんどないからだ。同様に、百姓階級の生活を描いたのも本作の良い点だが、それはドラマがもう少し進んでからのことになる。本作は武士階級に生まれた主人公が城主になる物語なのだから、まず主人公の家と一族の状況を丁寧に描いてほしいのだ。

 

(2)に続く…。

 

 

 

 


 


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2018年 すっかり明けてしまいましたが、おめでとうございます。

とりあえずのご挨拶…。直虎が終了し、今さらながら発見しましたが、私、井伊家伝来の文様の帯を持っておりました…。

 


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2月5日に 真田丸 伏線がなくてもったいない与左衛門 という記事を書いていたのだが、…

 

というわけで、以前の記事も読んでもらえると嬉しいです…


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以下、私の妄想です。

 

主人公のリレー構成:真田丸 でも引用したが、三谷氏は真田信繁では1年も間が持たないと考えて、昌幸~秀吉~三成~信繁のリレー方式にした。だから、もし三谷氏が史実的にほとんど不明な直虎を大河ドラマで描くなら、物語の中心人物をリレー形式にして脚本を構成しただろうなあと思う。

 

第1部は今川義元(桶狭間まで)中心、第2部は寿桂尼を中心に物語の前半はがっつりと今川家とその周辺大名のやり取りを描く。第3部でやっと直虎が登場して元服~家督相続~井伊谷徳政~井伊宗家の没落を描く。第4部で井伊傍流の直政が興隆して(黒田基樹著「井伊直虎の真実」:角川選書: 2017/5/26 や他の研究本を見ていると、直政は傍流/別家の出で、宗家の直虎と関係はなさそうだという)、家康の下で出世する…。「真田丸」では真田の敵としての家康が成長していくが、この物語でも、物語全体を通して家康の成長(人質時代から徳川の世を開くまで)が描かれる…。

 

そして、第3部撮影時期までに井伊美術館が新史料を発見し、直虎=関氏経の息子ということで脚本は急きょ書き直され、配役は変更されて男直虎の話になる(笑)。最新の知見に基づくドラマを描きたい三谷氏のこと、直虎の性別が変わっても不思議ではない…かも?。この構成ではさすがに「おんな城主直虎」というタイトルにはできないので、「今川と井伊」とでもする…。今まで28話分の話が第3部だけに圧縮されてしまうが(笑)、こういう物語も見てみたかったなあと思ったりする。


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※ 7/28 文末に加筆しました。

 

前回の記事 物語から史実へ(「おんな城主直虎」について) の続きになるが、「おんな城主直虎」のプロデューサーは、「歴史秘話ヒストリア」を見て大河ドラマ化を着想したそうである。その「歴史秘話ヒストリア」が放映されたのは2014年5月で、ゲーム「戦国無双」や「戦国BASARA」の方が時期的に早い。また、女・直虎ものの小説は…と言うと、2015年の高殿円氏のもの以外はすべて(私が把握した限りだが)大河ドラマ制作発表後に書かれている。分かりやすく年表にすると、以下の通り(小説だけで、歴史本は取り上げていない)。これを見ると、なぜ2010年代になって女・直虎がゲーム化されるようになったんだろう…?という疑問が浮かぶ。私はゲームを全くしないし、好きでもないが、ゲーム界がいち早く女・直虎に目をつけたきっかけは何なのか、そこにはとても関心がある。最近は歴史番組や出版が大河ドラマの動向に合わせてくるが、ゲーム界はそれらの動向とは別に、研究史からダイレクトに影響を受けているのだろうか?

 

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1990年代?

小和田哲男氏が直虎・女説を発表

 

2012年

09/13 『戦国無双 Chronicle 2nd』で女・直虎新登場
 

2014年
01/23 『戦国BASARA4』 で女・直虎新登場

05/28 歴史秘話ヒストリア「それでも、私は前を向く ~おんな城主・

     井伊直虎 愛と悲劇のヒロイン~」放映

     https://www.nhk.or.jp/historia/backnumber/203.html

 

2015年
05/08 高殿円「剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎」(文春文庫)
08/25 NHKが「おんな城主直虎」制作発表
 

2016年
07/06 浜松市マスコットキャラクター「出世法師直虎ちゃん」発表
08/25 梓澤要「井伊直虎 女にこそあれ次郎法師」 (角川文庫)
11/15 越水利江子「戦国の姫城主 井伊直虎」 (角川つばさ文庫)
11/19 那須田淳「井伊直虎 戦国時代をかけぬけた美少女城主」

     (フォア文庫)
12/20 時海結以「井伊直虎 ―民を守った女城主― 」

     (小学館ジュニア文庫)

2017年

01/08~大河ドラマ「おんな城主直虎」放送


----- ここから 7/28加筆 -------------------------------

 

上で、「歴史秘話ヒストリア」放映よりもゲーム「戦国無双」や「戦国BASARA」の方が時期的に早いことを指摘したが、以下のツイートによると、ゲームで話題になったから「歴史秘話ヒストリア」で取り上げられたという順序だったようだ。

 

 


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ある歴史が、「そうかもしれない」「そうだろう」から、文学・映像作品、大声や数の力(時に政治の力)によって、「そうに違いない」、さらには「そうである」と断定されてゆく例を、僕は随分と見て来た。

 

… 一坂太郎 「第6回 女囚の秘密 (2月8日放送)」 より 

 

一坂太郎氏はウェブサイト『歴史REAL』に毎週「『花燃ゆ』評を連載していた。『花燃ゆ』の第6回に、松陰と久子のロマンスをほのめかす描写があるが、そのような描写が生まれてきた歴史的経緯を語った後に、冒頭の部分が続くのである。なお、一坂氏は『花燃ゆ』の描写自体を否定しているわけではない。

 

ちなみに私はドラマ『花燃ゆ』は好きになれなかったが、氏の『花燃ゆ』評は好きだった。ドラマの背景となる史実を説明し、フィクションだと思われる部分を指摘するが、それらの虚実がドラマとしてどう成立しているかを問題にしていた。引き合いに出される事例からは、氏の豊かなドラマ教養が浮かび上がってくる。氏は、『花燃ゆ』最終回の評: 第50回 いざ、鹿鳴館へ(12月13日放送) で、自らを「大河ドラマ少年」だったと語る。『元禄太平記』~『獅子の時代』にはまったと言っているところを見ると、三谷幸喜氏と同世代だろう。この人の評が面白かったのは、大河ドラマという枠に寄せる愛が根底にあったからだろうなと思う。

 

閑話休題

 

なぜ、冒頭の文を持ち出したのかと言うと、『おんな城主直虎』に対して私が漠然と感じていた不安を言い当てているからだ。なお、その不安はドラマ(歴史ドラマか否かに関わらず)が面白いかどうかといった評価とはまた別である、念のため。

 

直虎は女であるというのは、ドラマの時代考証を担当している小和田哲男氏が四半世紀も前に(、ということは1990年代頃に)唱えた学説だそうだ(★1)。「おんな城主」の設定に目を付けたのは、ゲーム業界の方が早い。NHKが2017年 大河ドラマ『おんな城主 直虎』の制作を発表したのは2015年8月25日だが★2、女・直虎は2012年9月13日発売の『戦国無双 Chronicle 2nd』で★3、また2014年1月23日発売の『戦国BASARA4』で★4、新しく登場していた。2016年7月6日には浜松市が尼姿のマスコットキャラクター「出世法師直虎ちゃん」を発表したが★5、これは時期やキャラクター・デザインから見て、明らかに大河放送に便乗している。また、今年は大河ドラマ関連の番組も多く、地元での普及活動もレポートされているが、ドラマのストーリーに基づいて直虎の人物像が紹介されPRされている。

 

その様子を見ていると、一坂氏が言うように、映像作品(ゲームや大河ドラマ)で目をつけられ、大声/政治の力(行政の観光政策)を味方につけるによって、「直虎は女に違いない」、「直虎は女である」と急速に断定されてきたように感じる。しかも、直虎の存在自体が知られていなかっただけに、その断定は素直に受け入れられているように感じる。


その一方、2016年末になってから、井伊美術館の館長・井伊達夫氏が男・直虎説を裏付ける史料(直虎は関口氏経の息子であるとする)が見つかったと記者会見を開いた。

 

小和田氏の直虎・女説が学会でどう評価されているのか、私は知らない。しかし、一般の人の反応を見ていると、井伊達夫氏はうさん臭いと感じた人も多いようで、この記者会見に対する小和田氏のコメントを盾に氏を批判する人もネット界では見受けられた。けれど、井伊美術館のサイトにある「たび重なる小和田氏の「直虎物語」に係る誤謬について」を読むと、小和田氏のコメントの方が分が悪そうに感じられる。

 

井伊達夫氏によれば、直虎は女であると明記した史料はなく、小和田氏が直虎と同一人物だと見なした次郎法師が女であると言っている史料も『井伊家伝記』のみしかない。今回発見された史料は『井伊家伝記』に比べ、時代や執筆者において信頼度が格段劣っているわけでもないようだ。この伝記はある意図をもって執筆されており、それを考慮する必要がある…。

 

井伊達夫氏のプレスリリース★6の言葉:「このまま時を経ると『物語』が『史実』にとって代り、『錯誤』が『真実』になる可能性があります。」を読むと、まさに一坂氏が感じているような危惧を感じて、井伊氏はこの時期にあえて発表したのだということが分かる。要は、小和田氏の唱える直虎・女説はまだ決定的とは言えないにも関わらず、地域振興や観光政策などの利害が絡まって既成事実化しつつあることを井伊達夫氏は危惧しているのだ。ちょっと言い方がくどくて分かりづらいけれど。

 

さらに、井伊達夫氏以外にも、本郷和人氏は他の要因を検討しても素直に考えたら男性だろうと感じておられるし★7、また、最近は黒田基樹氏が著作「井伊直虎の真実」において井伊達夫氏発見の史料に基づくと、徳政令関係で残る史料と整合性があると論じている。もともと、直虎・女説には納得できないことが多かったので、私は黒田氏の著作も読んで、その論には納得した。

 

直虎・女説に基づいた作劇は私は個人的にあまり好きではないが、ドラマとしては有りだ。何のかんの言いつつ、私も毎週見ている。しかし、歴史番組や行政の地域の歴史PRを通じて、直虎が女で決まりだという流れになるのには抵抗を感じる。

 

★1 https://dot.asahi.com/dot/2017012600151.html 

★2 http://www.nhk.or.jp/naotora/news/article/150825.html

★3 戦国無双シリーズ (wikipedia)

★4 戦国BASARA (wikipedia)

★5 https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/miryoku/naotora/design.html

★6 http://www.ii-museum.jp/blank-19

★7 http://bushoojapan.com/category/hon


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以下は2008年5月に私が某所に寄稿したエッセイです。「ちりとてちん」の物語が共有されていくという現象について考えていたことを書いたものですが、「真田丸」についても同じことが言えると思っています。このブログでも、私は「真田丸」を通して「物語るという行為」についてわりと書いてきたのですが、それも、人間の「他の人に物語を語らずにはいられない習性」に興味があるからだろうと思っています。

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物語の伝播

 

昨年9月に帰国してから半年間、実はテレビの朝ドラ「ちりとてちん」につい引きこまれてしまった。見れなかった分のストーリーも知りたいなと思ってネットを検索していたら、番組の公式ホームページやヤフー、ニフティにあらすじが掲載されているだけでなく、毎日ブログにあらすじをアップしている人が多くいる、ということに初めて気がついた。そのスタイルはさまざまで、ほぼ逐一セリフを書き留めているものもあれば、簡潔にあらすじをまとめてから、自分の感想を重点的に書いているものもある。各シーンについて均等に感想を書いている人もいれば、特定の人物に入れ込んでそのシーンを中心にまとめている人もいる。人物関係論みたいなものに当てはめて、なにやら講釈を展開しているものもある。さらに、自分なりにいろいろ外伝を展開している人もいる。

 

本当のところ、テレビ・ドラマのあらすじやコメントがブログのコンテンツになるんだろうかと、最初のうちは少し否定的に思っていた。けれど、いろんなブログを読んでいるうちに、ふと、こうやって人は昔から物語を共有してきたのではなかろうかという思いがしてくる。しかも、ドラマが始まって途中からブログに書き始めている人が多いことからも、よけいにそう感じる。つまり、これらのブロガーたちはあらすじを書こうと決めたから書いているのではなくて、ドラマの進行につれてどうにも書かざる気持ちを抑えられなくなって書き始めたようなのだ。

 

芝居であれ、語り物であれ、それらが語ってみせるドラマ・物語は、こんなふうに観客によって受け止められ、その人が身近な人にその物語を伝え、それをさらに別の人が聞いて自分の芝居に取り入れ、その観客がまた別の人に話し伝え……と連鎖し、広がってゆくものだろう。そもそも最初の話を生み出した人だって、全くのゼロから物語を立ち上げたというよりは、神話や地域の伝承、自分が経験したこと、時事ニュースや他の人から聞いたお話などからヒントを得たり、それらを組み合わせたりして、新たな物語を生み出してきたことだろう。そうやって物語は口から口へと伝えられ、多くの人の共感を巻き込みながら、その物語を共有する人間関係を、共同体を、さらには大きな文化圏を産み出してきたのだろう。

 

ラーマーヤナやマハーバーラタという物語も、そういう風にして伝承されてきたのだ。インドにおいてこれらの物語はいくつものエピソードを取り込みながら形成されてきたのだが、東南アジア一体に広がってゆくにつれて、さらに本家インドにはなかったエピソードも派生させてゆく。近く本朝を眺むれば、平家物語もそんな風にして成立してきたと言われる。だから、たぶん人間には、他の人に物語を語らずにはいられない習性というものが備わっているに違いない。自分が見たこと、聞いたこと、経験したことを第三者に語ってみせることで、本当にその物語を自分の心におさめ、経験の血肉とすることができるのだろう。

 

テレビが産み出した朝ドラの物語が、それを見た人によってブログを通じて語り伝えられ、さらにそれがインターネット上の口コミでどんどん伝播していって、それが番組以外のイベント(ファン感謝祭だとかテレビでのスピン・オフ制作決定)を派生させ、それぞれのブロガーたちもダラン(影絵操者)よろしく、自分オリジナルの派生演目まで生んでいる。私は、このブロガーたちの外伝を読むのが実は好きである。悪く言えばテレビ視聴者の妄想にすぎないのだけれど、いかにも登場人物が言いそうな口調やセリフを取り入れて、番組では描かれなかったシーンを描写しているのを読むと、結局、物語はこんなふうにして派生してゆくのではないのかなと思うのだ。マハーバーラタやラーマーヤナが東南アジアに伝わってきたときも、まさにこんなふうな熱気が渦巻いて、派生演目を産み出しながら急速に各地に伝播していったに違いないと私は想像する。


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以下の記事、先月に書きかけ、そのまま忘れてしまっていました(笑。やっと仕上げたので、アップします。

 

三谷氏は「真田丸」を、「最初は真田昌幸が中心となり、それから秀吉、そして三成、そして最後に信繁。大坂冬の陣あたりから、やっと源次郎(信繁)がこれまで学んだこと、見てきたことが生きてくる構成」(★1)で描いている。実は、このリレー方式に当初は少し不満があった。「真田丸」という一艘の船に見立てた真田家の家族の物語と銘打たれていたから、なんで、秀吉や三成をこのリレーの中に入れるのだろう?真田家の物語なのに?と思っていたのだ。

時代考証の方々の著作を読んでいた私としては、昌幸が独立大名になることに成功した経緯を描いてほしいなあ、さらに昌幸の下で行政を学んでいく信幸の過程も描いてほしいなあと期待していたが、そこはあまり描かれなかった。残念だが、そのように描いてしまうと真田家の真田二代の物語になってしまい、信繁個人の物語にはならなかっただろう…と今にして思う。三谷氏は信繁と対比される父や兄もしっかり描くけれど、やはり、信繁個人の人生に光を当てたかったのだろう。真田家の次男坊として生まれ、後世に幸村と称されるようになった信繁という個人の物語を。

信繁の人生を描く上で一番大きな謎は、なぜ彼は大坂の陣で豊臣に味方したのかということだ。というか、彼の業績で一般的に知られているのは関ヶ原で負けて九度山に流され、大阪城に入城したということだけである。三谷脚本は非常にシンプルにその謎の答えを見つけるべく、信繁の人生を書き起こそうとしていったように感じる。昌幸~秀吉~三成のリレー方式にしたのは、彼が真田家の出自であるというだけでは大坂城入城の説明がつかない、それだけの大坂方との絆があったはずだという仮説から出発したからだろう。もちろん三谷氏がエッセイで書いているように1年も間がもたないからという劇作家ならではの理由が一番だろうが、伝説だけが独り歩きしている信繁という存在をリアリティを以て描くには、その背景となる時代の歴史を具体的に描く必要があり、そのためには業績がしっかり分かっている人のそばに信繁がいる必要がある。秀吉や三成はそのような業績の分かっている人物であると同時に、なぜ信繁が大坂城に入城したのかを知るキーパーソンになるはずだ…という直観あるいは妄想が三谷氏にはあったことだろう。

 

幸いなことに、脚本化のぎりぎりのタイミングで信繁が秀吉の馬廻衆であったことが黒田基樹氏により判明した。その事実が分かるまでは、信繁は三成の居候という設定でいこうとしていたようだから(★2)、この史料発見がなければ、ドラマのリアリティもかなり変わっていただろうと思う。
 

もっとも、三成は豊臣政権における真田家の取次であり、史実では昌幸の娘(趙州院、「真田丸」には登場しない)が三成の父の猶子・宇多頼次に嫁ぐという密接な関係が石田家と真田家にはあったから、信繁が三成の居候になるのは有り得なくもない、のかもしれない。ただ、ドラマでは三成との姻戚関係には全く言及していないから、その分、信繁個人が三成の思想に傾倒していくように描かれることになったのだろうと思う。

 

けれど、いま手元にある黒田基樹氏のインタビュー(★3)では、牢人衆が大坂城に集まった理由は、基本的には世に出るためではないかとしている。関ケ原合戦以降は戦争や軍事行動がなく所領獲得の機会もないので、現状にくすぶっている人々はこの機会にかけたのではないか、信繁は改易後いつまでも家康が許してくれないことが理由としてあったはずであり、また兄・信之の領国支配が大変な時期で仕送りも滞りがちになってきたことも関係しているだろう、と言う。ロマンを排し、歴史的事実から推測できることは、おそらくそれくらいのことなのだろう。馬廻衆であったとはいえ、信繁が豊臣家に恩義を感じていたという描き方は三谷氏のロマンから生まれた描写だ。しかし、劇作家のロマンが時代考証担当者を動かし、馬廻衆であったというほぼ確実な史実を見つけ出す契機となった、という点に劇作家ならではの視点を感じるのである。

 

★1 三谷幸喜「三谷幸喜のありふれた生活14 いくさ上手」

   朝日新聞出版、2016年、p.248)

 

★2 大河ドラマ『真田丸』最終回パブリックビューイングイベント  

   <http://e-report.blogto.jp/archives/cat_293068.html> 

 

★3 「EIWA MOOK 大坂の陣 真田と大坂城五人衆」、

    2016年12月英和出版社、pp.4-8)


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Rubyさまにいただいた「真田丸」と「篤姫」を比較した感想(歴史ドラマとは、磯田道史氏が語る歴史映画とは へのコメント)に対する私のコメントですが、今放映中の「おんな城主直虎」に対する私の考えも交えて記事にしました。

 

Rubyさま

>他の方のブログでは(mm補足:「篤姫」の)非の打ち所がないヒロインに腹が立って仕方がなかったという意見や男性陣が女性主人公にとって都合の良い存在でしかなくなっている、原作に比べてもヒロインの功績が誇張され過ぎていると篤姫について批判的なコメントも散見され、それはある意味興味深く読みました。

実は、私もドラマ「篤姫」のホームドラマ感覚が好きではありませんでした。篤姫と小松帯刀のほのかな恋心がドラマを通して流れていたり、篤姫と西郷に接点があったりする設定には、さすがにこれはないだろうと思っていました。(未読ですが、こういう描写は原作にはないそうです。)が、ドラマとしてはまとまりがあったと思いますし、それまであまり知られていなかった小松帯刀という人物に光を当てたのはこの番組の功績だろうと思っています。

主人公の感覚がホームドラマ的で、歴史ドラマとして違和感はあるものの、ドラマとしてはまとまっている、また、それが少女漫画的だというのは現在放映中の「~直虎」にも言えますが、直虎は下品すぎて、ちょっと見にくい――森下脚本のこういう点が、私は好きではないです――。その点では、有能に描かれすぎているとはいえ、篤姫の方が品があり、見やすかったです。「篤姫」は衣装も華やかで、主人公の階級上昇や大奥での苦労が上品に描かれ、女性の願望が満たされるドラマであったこと――男性陣が主人公にとって都合の良い存在であるのもそのため――、また篤姫を取り巻く大人たち(島津公や生島など)が時代劇の住人として重厚な雰囲気を持っていたことが、高人気につながった原因かなと感じています。宝塚歌劇のように、ドラマの世界に憧れを持たせるように描かれていましたね。

私は「篤姫」と「~直虎」は裏表のような作品だと思っています。どちらも、主人公の恋心を行動/生き方の動機にさせたり、主人公をあちこちに出没させるためにお転婆として描いたりしているため、主人公が現在的に浮いて見えるという点が共通しています。しかし、「篤姫」は上品路線を維持し、嫌われない描き方である一方、「~直虎」はわざと下品に描いているのが対照的かなと思うわけです。


>しかしそれ以外でも、例えば草刈さんや高嶋さんがドラマで演じた真田昌幸や北条氏政の格好に扮して街中を凱旋した話はファンを熱狂させましたが、そうした事が篤姫終了後数か月経ってからも果たして起こっただろうか、…

こういう現象はなかなかないでしょうね。これは原作がなく、かつ、三谷脚本だからこそ、かな…と思います。三谷氏は俳優に当てて書くので俳優が役と一体化しやすく、かつ他の役と差別化されてきちんと描かれるので、ドラマが終わっても、その俳優がその役で出て来ることに違和感がないように思います。その俳優が他のお仕事に移られても、確かにそのキャラクターとしての人生がこの人にはあった…という感じがします。しかも、原作がないので、原作のイメージとのギャップを問題にされないというのもあると思います。さらに、その役自体も今までのドラマではメインストリームではなかったり、本来のその人物の魅力が描かれてこなかったりするものでしたからね。氏政がその典型です。北条滅亡の原因を作った男という従来のドラマでの描かれ方と違って、関八州を治める北条の四代目たるプライドのある大物という描かれ方で、高嶋さんの演技もそれを納得させるものでした。番組が終わってからパレード出演された俳優さんとしては、草刈さんや高嶋さん以外に、藤岡弘、さん(本多忠勝)やヨシダ朝さん(片倉小十郎)もいらっしゃいますね。考えたら不思議な現象なんですが(笑)。…ここまで書いて思ったのですが、俳優が役と同化していただけでなく、私たち視聴者も当時の時代の人に同化していたのかもしれません。この時代ならこうだっただろうなあ…と思い、自分たちもその領民になったような気がする、というのもあるかと思います。

 

「篤姫」の場合は、そこまで役と俳優が一体化してしまうことはなかったですね。憧れの対象として存在していたために、そこには一定の距離があったのかなと思います。ちなみに、私は「篤姫」の配役は好きでした。個人的には島津斉彬の異母弟・久光を演じた山口祐一郎さんに注目していましたが(それまで知らなかったので)、wikiで配役を確認すると、演技を思い出せる人がたくさんいます。


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6/5 高野山學 体験講座に参加(★1)。たまたま講座の前に金剛峰寺を拝観したところ、その中の「柳の間」が関白・豊臣秀次自刃の間だったと知る。それで、今さらながら思い出したのだが、昨年「真田丸」を演じた新納慎也さんが、ここを訪問されていた(★2)。このことをもっと早くに思い出していたら、秀次公の遺体(胴)が埋葬された光台院にも行ってみたかった…。昨年は秀次公の首塚がある瑞泉寺に行った(★3)ことも思い出す。

 

★1 6/5 高野山の真田一族の石塔 (その1) 蓮華定院

    6/5 高野山の真田一族の石塔 (その2)奥之院

★2 高野山で秀次公を感じる!

★3 10/28 瑞泉寺寺宝展

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