40W6Dに予定された帝王切開を目前にし、半ば諦めつつ、でも諦められず、、そうしてやった半身浴×2時間、スクワット、階段の上り下り、そのどれかが功を奏したのか、はたまた東京にやってきた爆弾低気圧のおかげなのか、それともただ単にその時期がやってきたのか、今となってはわかりませんが、40W1Dとなった10/1の夜、ついにおしるしと定期的なハリがやってきました。
気持ち的には待ちに待った陣痛だったので、よし、いよいよだという気持ちで結構冷静でした、が、経産婦とはいえ、前回は本陣痛がやってくる前の帝王切開だったため、経験値はゼロに等しく、病院に行くタイミングは計り兼ね、、とりあえず病院に行って帰されるのは絶対にいやだった&外は嵐ということで、「本陣痛なら痛みで目がさめる、体力温存しておくべし」というネットの情報を頼りにとりあえずベッドに入って眠る@日付の変わる0時ごろ。案の定、1時半頃、痛みで再び目覚める。痛いけど、波と波の間はまだまだ余裕。陣痛アプリを起動して感覚を計り始める。この頃10分前後くらいの規則的な張り。でも、痛みはまだまだ余裕だったし、外は爆弾低気圧で大荒れ。。身の危険を感じるレベルだったこともあり、もう少し様子を見ることに。こんな感じだと登録してる陣痛タクシーも捕まらないんじゃないかと不安になりつつ、様子見、、。
4時半頃、痛みの間隔が時々5分を切るようになる。まだまだ間は動けるけど、どうしよう、、とりあえず夜が明けたら病院に行けるようにしようと家の片付けと病院へ行く準備を始める。夫は朝7時半から会議が入っているので、娘も病院へ連れて行けるように準備(ちなみに、娘と2人きりの時に陣痛が来た場合はとりあえず連れてきてください、と事前に病院で言われていた)。
6時過ぎ、外の嵐も少し落ち着いてきた。夫を起こし、病院へ行こうと思う、と告げる。陣痛はずーっと5分前後で続いていた。夫を送り出し、食べれるときに食べておいたほうがいいと思い、とりあえず自分の朝食をすませ、8時前に陣痛タクシーに電話。繋がらない、、。よりによって嵐の後の通勤時間帯にあたるとは。めげずに、何度かかけると長い呼び出しの後ようやくつながる。かなり待たされたあと、20分ほどかかるが配車可能とのこと。良かった。痛みは我慢できるけど、さすがに電車で娘と2人での移動は無理、、。
タクシーは予定通りやってきて、9時前に日赤広尾に到着。通常の受付が開始している時間だったので一階の入院受付へ。陣痛である旨を伝えると、事前にお電話もらってますか?と聞かれる。破水、出血等の緊急時以外は規則的な張りが来たら直接病院へ来てください、と言われていたので、電話せずに来ちゃったけど、やっぱりら電話したほうがよかったのかな~と不安になる。電話していない旨を伝えると、産科病棟の助産師さんと直接話してください、らと電話を渡される。陣痛の間隔歩けますか?と聞かれたので、歩けますと答える、では産科病棟ではお待ちしています、とのこと。
エレベーターで産科病棟へ。
分娩室という区域へ案内される。
日赤広尾はタイプの異なる分娩室が8つあるそうで、私が案内されたのは畳付きの分娩室。これはたまたまなのか、それとも夫と娘の立会いとフリースタイルを希望していたからかなのかはわかりませんが、希望していた分娩室だったので良かった。NSTで張りと心拍を確認し、無事に?入院決定となりました。やったー!
しかし、これからこの部屋に24時間もいることになるとはこの時は思いもしませんでしたが、、
続く。