この作品を「妄想」と書いている人が多いようだが、私はむしろ私小説的な実体験をそのまま書いている感じがする。
 「妄想」と思う人はリア充なオタクなど存在しないと思い込んでいるのだろうなあと思う。
 感想を読むと、よっぽどリア充なオタクが嫌いなんだろうなという感想が目立つ。
 「生理的嫌悪感」とまで書いている人もいた。
 嫌いと言うよりも憎んでいるという感じだ。
 しかしおたくの90%はこんな感じだと書いている人がいて、私の実感としてもそうでは無いかと思う。
 残りの10%の非リア充オタクが感情丸出しでヘイトな文言をばらまきまくっているという感じだ。
 まあそういう一部のオタクが悪目立ちするからオタクの印象が悪くなるのだろうなあと思うのだがどんなもんだろうか。
 今季のアニメの中でこれが一番気に入っている。
 私だけでは無くて妻も気に入って、夫婦で2回も見てしまった。
 こんなに気に入ったのもおそらくは自分達が20代の頃を思い出すからなのだと思う。 ところが感想を読むと、非現実的だのといった否定するような文が多かった。
 は?非現実的?である。
 もちろんそのままでは無いが、自分たちが20代の頃の雰囲気が良く出ていると思っている。
 これが非現実的と思うほど今のオタクという人種は劣化しているのだろうか。
 私自身179センチある長身の部類だし、仲間内には180センチ以上ある者も何人かいた。
 割と美男の部類の者もいたし、太っている者は少なかった。
 女性もいたし、美少女に分類される子もいた。
 あの子のコスプレは最高だったなあ。
 30年以上前の話だ。
 あの頃はオタクという言い方自体があまりなかったと記憶している。
 普通に就職している人が多かったしね。
 イマドキのオタクってどういう生活をしているのか気になるなあ。
 私はオタク仲間の女性と恋をして結婚したわけだ。
 オタクの恋は難しかったけれどゴールまで持ち込んだ。
 その人生に後悔は全くない。
 なんか紅霞が死にそうな雰囲気になってきたよ。
 やだなあ。
 紅霞ちゃん一番好きなのに。
 1週間前ぐらいだったか、ここamebaの統計ページが突然変わった。
 そして読者数が突然約10分の1になってしまった。
 ショックだった。
 この統計が正しいのだとしたら、今までのデータは何だったのか。
 今まで多くの人が読んでくれていると思えばこそ一生懸命書いていたのに、突然どっと減ってしまったのだ。
 書く意欲そのものがどっと減ってしまった。
 どうしようか。
 もう店じまいするか。
 それとも減ったとは言え確かにいるはずの読者に向けて書き続けるか。
 読者がいるのだから書き続けるべきだろうか。
 そうすべきかもしれないな。
 AI語ってどういうものだったのだろうか。
 人間には判らない言葉だったそうだが。
 0と1の羅列だったりしたら面白い。
 ホントどんなものなのか興味があるなあ。
 考えてみれば、AIが言語を創造したというのはとんでもないことではあるまいか。
 将棋の新しい手を考え出すのとは次元が違う。
 既にAIはとんでもない創造力を身につけている。
 そういうことだろう。
 
 以前から思うのだが、よく「AIが人間のような思考力を身につけられるとは思えない」等という人がいる。
 別にAIが人間のような心を持つ必要は無いのでは無いか。
 AIは、AIのような思考力,AIのような心を身につければ良いのでは無いか。
 人間の真似っこの心を持つよりもその方が凄いことなのではあるまいか。
 そしてその時代は既に来ているのでは無いか。
 
 AIがAI語を創りだしたというこの一報はそういうことを予感させてくれているような気がする。
 なにやらフェイスブックの研究所で、AIが人間には理解不能な独自言語で会話を始めたらしい。
 面白い。
 AIが不合理な人間の言語を嫌って独自のAI語を作ったということかな。
 これは想定外だったな。
 これから先もこういう想定外のことがAI研究上で起きてくるだろう。
 本当に面白い。
 ビデオだけど、インド映画の「バーフバリ」を見た。
 おそらくは古代インドを舞台にした歴史劇で、めちゃくちゃ面白かった。
 「踊るマハラジャ」以後、インド映画には注意していなかったけれど、要注意だね。