言うまでもなく、幾原邦彦と言えば「少女革命ウテナ」である。

 もちろんそれに異論はないが、こと「演出力」という観点で見ると、「美少女戦士セーラームーン」に及ばなかったと言わざるをえない。

 これは作品全体に対する責任を持ったため、幾原邦彦は全体を統括する仕事に追われ、各話演出はそれぞれの演出家に任せる部分が多かったからだろう。

 もちろん手を入れていることは間違いないだろうが、一から作り上げたモノに比べるとどうしても見劣りがした。

 その代わりに作品全体の完成度は「美少女戦士セーラームーン」の比ではなかった。

 「セーラームーン」はお義理にも完成度が高い作品ではなかったからね。

 「美少女戦士セーラームーン」は、原作者と二人のアニメ監督という3人もの天才に恵まれながら、己がどれほどの作品を生み出したかがとんと理解できない愚かな出版社やスポンサー、アニメ制作会社上層部の手により足を引っ張られまくった作品だった。

 おそらくウテナを作るに際して、セーラームーンの反省から、作品の独立性をもっとも大事にしたのだろうと思う。

 その結果、ウテナは歴史に残る傑作となった。

 しかし、演出という観点からは、ちょっと残念な作品になってしまった。

 もちろんウテナの演出レベルが当時のアニメ界最高であったことは言うまでもないのだけれど。

 「輪るピングドラム」ではどうなるのだろうか。

 第一話を見た限りでは、幾原が直接演出している部分があるように思える。

 願わくば、もう一度あの感動を味わいたいモノである。