神業的な演出力を誇る幾原邦彦も、最初からそうだったわけではない。

 私が初めて幾原邦彦を知ったのは「美少女戦士セーラームーン」である。

 私はテレビシリーズ「R」から見始めたので、無印は後追いだったが、そこで見たのが初である。

 このときはまだ「才能ある若手」という以上のものではなかった。シリーズディレクターである佐藤順一の方がずっと印象強かった。

 最初に幾原を強烈に印象つけたのが映画「美少女戦士セーラームーンR」である。

 この時、私は「この監督は世界で20指に入る!20代にだけ限れば世界一かも!?」

 と感じたものだ。

 その後幾原邦彦の演出回は、一作ごとに世界の監督を抜いていく過程だった。

 一作ごとに、いくらなんでもこれ以上は行かないだろう、という予測を覆された。

 そして110話において「これは・・・タルコフスキークラスだ。信じられない。よもや日本のアニメ界からこんな才能が出てくるなんて」と唖然とした記憶がある。

 さらにその後、それすらも超えてのけ、超タルコフスキー級の監督であるということは明らかとなった。

 最後の幾原演出回など、もはや神の領域かと思わせた。

 幾原邦彦の「セーラームーン」時代とは、「才能ある若手」がその力をどんどん伸ばしていき、最終的に神の領域にまで近づくという過程をつぶさに見ることが出来た、まさに至福の時代だった。

 しかし、当時の「アニメファン」にはそんなことはほとんど理解できなかったようだった。

 猫に小判というか、豚に真珠というか・・・。

 ネットで書いている(当時はパソコン通信だったが)層は、男ばかりで、本質的に女性向けである「美少女戦士セーラームーン」を評するには難しかったということもあるだろうが…