序章 竜に乗る少女

 それは一葉の絵のようであった。
 漆黒の髪の少女が高い梢の上に立ち、天を覆うかのように輝く月を見つめている。
 紫色の瞳に緑色の月が浮かび出る。
 そしてその後ろに現れたのは青緑色の竜。

 背後のかすかな音に少女は振り返りもせずに言った。
「起きていたの?」
「月を見ているのか」
 彼は問うた。彼?そうだろう。しかし人ではない。巨大な竜である。
「飛ぶか?」竜は聞いた。少女は無言で竜の背へとその身を翻した。
 竜は少女をその背に載せて飛び立った。一気に一万メートルの高度にまで上昇する。月は天空にそびえ立っている。
 漆黒の髪が風にたなびく。
 虚空を翔る竜の背に立つ少女の姿はそれだけで神話の一挿話のようであった。

 さらに竜は一気に十万メートルの高さにまで上昇する。すでにこの高度は宇宙である。しかし、天に輝く月を見据える少女の瞳には一片のかげりも生まれはしなかった。
 一条の光がはるか彼方を横切った。それは見る間に流星雨と化した。
「あれは種子ね」
「つぶすか」
「ええ」
 竜の姿が一瞬光り、消え失せた。いや、消えたように見えた。凄まじい加速度で移動したために消えたように見えたのだ。加速度は千Gを越えていたろう。少女は竜の首をしっかりと抱きかかえていたが、その加速度も少女には何の影響も与えていないようだった。
 流星雨の真下に現れた竜は、月に向かって炎を吹き上げた。紫色の火炎が降り注ぐ種子の群を一瞬にして呑み込んだ。

「OK。大体消えたわ。落ちたものは仕方ないけどね」
「そうだな」

 地球と宇宙の境目に朝日が輝きだした。