裸足の女(ショートストーリー)
1台の真っ赤なポルシェが、日付が変わって
もう3時間も過ぎた頃、海に向かってハイウエイ
を飛ばしていた。スピーカーからは「チャコの海岸
物語」が風を切る様に流れていた。赤いセーター
にブルージーンズ姿の女が運転していた。隣に
乗せていたのは寂しそうな過去の思い出だけだ
った。前方を走っていた、たぶん、20年以上も前
の、全盛期のアメリカを象徴するような、ばかでか
い型のキャデラックを追い抜いて、一気にアクセル
を加速させていた。
2時間ほど経った頃、女は湘南海岸の砂浜にいた。
手に赤いサンダルを持ち、ジーンズの裾を少し捲く
り、まだ、少し冷たい波打ち際を波の音と一緒に裸
足で歩いていた。
東の空が少し明らんで来ているが、人影もほとんど
なく、犬の散歩をする地元の人が、時々、奇異な目
で通りすがる程度だった。
波を追ったり、追いかけたりしながら、ジーンズの裾
がぬれている事など気にも留めず、少女のように、
童心に返って海と戯れていた。その顔には、最近、
見せたことの無かった笑顔が少し毀れていた。
半月前、女は、2年ほど同棲していた男と別れてい
た。性格は情に脆く、姉御肌の人情家であった。
男は、よく言えば、繊細で注意深い性格で、換言す
れば、優柔不断な男であった。
しかし、出会い当初は、お決まりのごとく、お互いに
良いところしか見えず、自分に無いものを持っている
魅力に惹かれて、ごく自然に恋に陥ったのである。
現実はバラの香りのように、そう甘くはなかった。
生活を共にして見ると、今まで魅力的に思えた
男の性格も次第に欠点に見えてきた。男の決断力
の無さに辟易し、フラストレーションをつのらせ、結果
一緒に居ることを諦めたのだった。
この海岸は、その男とよくデートした場所だった。
嫌なことや、ストレスが溜まると、何時の間にか
ここに向かっていた。ここに来ると、なぜか、気持ちが
落ち着いて、何時もの自分に戻れるような気がしていた。
裸足で砂の上を歩くと、冷たい感触と柔らかな優しさが
心に凍み込んで来る様だった。
季節も、もう、新しく、生まれ変わろうとしていた。
