今回は「下河原線」の廃線跡をたどってみました。
 ちなみに「下河原線」は通称で、正式には中央本線の支線…だそうです。

 今回は、前回取り上げた下河原緑道の二手に分かれている地点から。
 今回はまっすぐ進みます。

 中央自動車道の下を潜ります。

 きれいに整備された道を進むのは気持ちいい。

…終わり?

…と思ったら、少し先から下河原緑道は再開。

 その再開地点でちょうど「ちゅうバス」が。
「ちゅうバス」は府中市のコミュニティバスで、府中市内を網羅している…と言っても過言ではなく、しかも運賃100円で、30分間隔…これって凄いことだと思います。

 その緑道で「みち」なる像を見つけたんですけど…廃線跡とは無関係でした。
こちらをクリックすると…説明書きが出ます)

 下河原緑道は続くよ…どこまで?

 その緑道の脇で見つけたんですけど…おそらく枕木でしょう。
 もしそうだとしたら、廃線跡を示すものではないかと…

 南町第3公園に出ました。

 その公園内で見つけた「下河原」なる碑なんですけど…これは「下河原」という地名に関する碑であって、下河原線とは無関係…
こちらをクリックすると…説明書きが出ます)

 公園の先からも下河原緑道は続いているみたいですが、廃線跡ではないんじゃないかな…

…もはや緑道ではないですね。

 京王線の高架に突き当たったので、左へ…

 中河原駅まで来てしまったので、このまま帰ります…

…というわけで、今回は下河原線こと中央本線支線の…とにかく分岐しているところから下河原駅を目指してみました。
 ちなみに、下河原線ですが、旅客営業していたのは前回取り上げた部分を含む国分寺~北府中~東京競馬場前で、今回取り上げたルートは貨物営業のみでした。
(多摩川に近いから砂利運搬目的かなあ…と思ったら図星でした)
 なお、下河原駅がどこにあったかですが…どうやら「みち」なる像や枕木のある辺りみたいです。
(もしかしたら駅があったことを暗に示しているものだったのかなあ…)

【追記】
 下河原線(中央本線支線)ですが、国分寺~北府中~東京競馬場前の旅客営業に関しては前回書いた通り、武蔵野線開業時に廃止されましたが、北府中~下河原の貨物支線としては、武蔵野線開業後も武蔵野線に編入される形となり、1976年9月20日に廃止…だそうです。