宮脇俊三さんの著書『最長片道切符の旅』のルート通りに進んでいくと、最短でどのくらいかかるのか…ということで、1980年4月の時刻表を使って調べてみました。



 今回は9日目。
 我孫子スタートで、成田乗り換えで松岸へ…ここでひとつじゃなくてふたつ問題が。
 ひとつ目の問題。現在の成田線は佐倉~松岸が本線で、我孫子~成田で支線(成田空港方面はノータッチで)ですが、1980年当時は佐倉~成田~我孫子が本線で、成田~松岸が支線でした。なので、成田~松岸を乗れば支線を踏破ということになります。
 もうひとつの問題は、松岸乗り換え。成田線の松岸発が8:07。次に乗る総武本線経由千葉行きの松岸発も8:07…さすがに0分乗り換えは…と思ったら、成田線の松岸のひとつ前の椎柴発が7:53。他の列車のダイヤを見た限り、椎柴から松岸までは5~6分と推測。仮に6分かかるとしても、松岸着が7:59なので、8分乗り換えなら余裕でしょう。
 上総一ノ宮でも11:03着と推測で到着時刻を出したみましたけど、時刻表に載っている同駅発が11:17なので、ここは全く問題ナシでした。
 この日の最大の難関は…国電。
 時刻表では、山手線や京浜東北線などの国電と呼ばれるモノの多くは、詳細な時刻表が載ってません。そこで、時刻表に乗っている運転間隔を参考に、常に最長の間隔で待った場合を想定して、スケジュールを組むことにしました。
 例えば、船橋から西船橋までの総武線各駅停車の場合、三鷹~津田沼の運転間隔が5~8分毎なので8分待つと想定、従って前の急行が15:54着なら、次の各駅停車は8分後の16:02ということになるわけです。
 あと、国電のところだけ列車番号などの欄がカラフルになってますけど、ここは電車の色を意識してみました。
 そして、最大の難関は国電…と書きましたが、もうひとつ…いや今回の旅の最大の難関のひとつがありました。尾久問題…
 実際の宮脇氏の旅では、常磐線電車で上野まで行き、そこから尾久経由で赤羽へ向ってます。当時の東北本線では日暮里~尾久~赤羽が支線なので、上野~日暮里を重複した形になってしまいますが、上野と尾久を結ぶすべての列車が日暮里をスルーするため、上野まで行っても問題ナシ…ということだったかな。
 ですが、今回はあえて尾久は無視し、日暮里乗り換えで田端経由で赤羽を目指すことにします。
 その後も国電を小刻みに乗り継ぎ、最後は八高線で小川町へ。朝の小川町始発(八王子行き)があるので…
 なお、今回は4線区(うち成田線は支線のみの一部踏破)踏破で、合計26線区踏破(うち4線区は一部踏破)。

【注意】
 距離はあくまで筆者が自己流で計算したものです。
『最長片道切符の旅』では広尾線広尾駅から指宿枕崎線枕崎駅に至る運賃計算キロ13,267.2キロ…なのに、こっちで計算した結果…13,293.5キロ。その差26.3キロ…単なる計算違いか、それとも…