※お詫び
長い間誤ったままの内容で放置し、2020.7に修正致しました。
従って当時の記憶を思い出しながらの文章となっておりますので、予めご了承下さい 9文字の停留所名ことマークスプリングスの続編です。
今回は…ここから東名の上を渡った…かな。
東名の下を潜った…かな。
東名に沿って歩いた…かな。
ミラーに「横浜市」と書いてあって、黄色い看板が「町田市」だった…かな。
おそらくですけど、瀬谷区五貫目町と町田市鶴間…つまりは県境を歩いていたんだと思います。
ここも県境かな…
たぶんですけど、右側にあったカーブミラーに「横浜市」と書いてあったことに引っかかったんじゃないかと…右側は町田市でしたから。
町87が通る246の旧道に出た…んだと思います。
旧道を鶴間方面へ向かって歩いている…んだと思います。
マリモッコリなヤツの間にあるのが五貫目道祖神(小さくてスミマセン)。大山と鎌倉の分岐点…ということでよろしいでしょうか?
246の向こう側に移動してますね。たぶん、ここも道を境に左が五貫目町、右が鶴間…だったと思いますけど。
…ところが、左側のこちらの空き地ですが、町田市の注意看板が。もしかしたら、空き地のところまで鶴間で、それより左側が五貫目町かな…
…すみません。これだけは思い出せない…どんな意図で撮ったのかが…
…とにもかくにも境川に出ました。これより向こうが五貫目町かな…
…また景色が変わった。
…というわけで、今回はマークスプリングスから始めたわけですけど、途中和田町、希望ヶ丘へ飛んだのはスタンプラリーのスタンプを押すためでした。
希望ヶ丘から三ツ境まで歩いた後は、バスで亀甲山に移動、亀甲山からはマークスプリングスに戻り、瀬谷区五貫目町と町田市鶴間の境目=県境歩きを楽しみました。マークスプリングスの街並みは独特な色づかいが見ていて癒されると言いますか…あと、五貫目町の由来ですが、江戸時代の初期に年貢の石高が五貫目と定められ、それが字名となった…だそうです。なんでここだけ石高が地名になったんでしょうか?