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「ナギさん、これ食べてみて!」
昼飯の支度に取り掛かろうかという頃、○○から差し出されたのは本で見たヤマトの家庭料理。
言われるままに一口食べる。薄味でさっぱりしていて食べやすい。
この船の男達には少々物足りないだろうが、食欲のない人間には嬉しい味付けだ。
昼飯のメニューに加えてやろうかと料理から顔を上げれば○○と目が合った。
「トワくんに食べさせてあげたいんです。二日酔いで調子悪そうだったから」
そう言って眉を下げる○○は今朝の悲惨なトワの姿を思い出しているのだろう。
昨夜のことを思えば、トワの不調も無理はない。
トワは弱いくせに酒を飲むペースが速く、あっという間に出来上がる。
それを面白がった船長が絡んで更に手がつけられなくなり、結果明くる日までだらだらと引き摺ることになるのだ。
もはやそれも宴の恒例となっているのだが、朝食が喉を通らないトワをからかう連中とは違い、○○は何かとトワの面倒をみていた。
かける言葉を探していると、「これは全部ナギさんのだから」と持っていた皿を手渡される。
物欲しげな目でもしていたのだろうか。バツが悪くなって視線を逸らすと、○○は覗き込むように顔を俺に近づける。
「食べて食べて」
○○の手料理で、もちろん味も良いのだから食うのは問題ない。
ただ至近距離で大きな瞳を向けられると食べにくい。
「…じろじろ見んな」
「ふふ、ごめんなさーい」
冷め始めた料理を口に運ぶと満足したのか、○○は鼻歌を歌いながら昼食の支度に取り掛かった。
食器を並べ、きっかり人数分であろう量の食材を運び出して下拵えをするその様子は、初めの頃とは比べ物にならないくらい手際が良い。
けれどくるくると動き回る○○はまるで小動物のようで。
船に乗る以前、ヤマトの酒場で働いていた時もきっと今と同じように周囲を和ませていたのだろう。
そういえばこいつが樽から酒の代わりにひょっこり顔を出したのはいつだったか。
○○はその日のうち、船長の一声でシリウスの一員になると決まり、同室相手を選べといわれなぜか俺を指名した。
医務室に着くまで散々喚き散らし、ドクターに宥められてようやく落ち着きを取り戻していた○○は当然ドクターを選ぶだろうと油断していて、不意の宣告に面食らったのを覚えている。
面倒なことになった、初めはただそれだけだった。
「口にあいませんか?」
いつの間にか隣に立っていた○○は、俺の顔と手元を交互に見ている。
ころころと表情が変わるのは見ていて飽きないけれど、不安そうに揺れる瞳は苦手だった。
どうにかしてやりたいと思ってしまう。それはきっと初めてあった時から。
○○の見ている前ですっかり冷めてしまった料理を平らげる。
例えばドクターのように気の利いた台詞のひとつでも言えれば○○を喜ばせてやることも出来るのだろうが、
そんな言葉は到底思い浮かばない。けれど、
「美味かった」
一言そう告げると、○○は花が咲くように笑った。
「良かった」
こんな表情も、苦手だ。
もっと見たい、出来るなら俺の手で咲かせてやりたいと思ってしまう。
短いやりとりを終えれば、○○は背を向けて下拵えを再開する。それにどこかほっとしながら、隣に並んで調理を始めた。
そこからは何度か言葉を交わすものの、どれも短く一瞬で終わるものだった。
今日の○○は口数が少ない。
自分とは正反対の、よく話す○○にうんざりしていた頃もあったけれど、日々を重ねていくうちにそれが当たり前になって。
かといって俺の受け答えが変わることもなく、当初はいちいち困惑の色を浮かべていた○○だったが、それも今では窺えなくなった。
料理道具を洗う音、野菜を切る音、鍋が煮える音が厨房に響く。
以前なら○○が静かだと何かあったのかと、本拠である厨房すら居心地悪く感じたものだったが。
今はただ、流れる沈黙も心地良い。
そう思っていた時、
「 」
沈黙を破り、ふと耳に滑り込んできた言葉。
その声に掴まれたように、ぴたりと手が止まる。
○○は切った野菜を皿に盛り付けながら独り言のように続ける。
「こうしてナギさんと作ったお料理を皆で食べられるの、凄くうれしい」
シリウス号に乗ってから、当たり前に繰り返してきたこと。
それは幼い頃からずっと、欲しくてたまらなかったものだった。
黒い空の下で、初めて心の底から泣いたあの夜に諦めてしまった、呼び方の分からないもの。
「ずっとずっと続けていきたいな」
遥か遠くを見ているような眼差しに距離を感じて、無意識のうちに手を伸ばす。
柔らかな髪に指先が触れると、○○は今朝のように肩を竦めて笑った。
「これからも皆のご飯、一緒に作らせて下さいね」
「…ああ」
相変わらずの返答しか出来ない自分に苦笑する。
けれど○○は笑みを崩さず、髪に触れていた俺の手を両手で包み込んだ。
そしてきょろきょろと辺りを見回した後、大きな瞳を細めて見上げる。
「ナギさん、大好き」
「本当は、ナギさんのそばに居られることが、一番の…」
"幸せです"
○○がもう一度その言葉を紡ぐ前に、小さな体を抱き寄せた。
明日も明後日もその先もずっと、こんな日々が続けばいいと願いながら――
***end***
いつの間にからくがきがメインに成り代わっていてお話の方はすっかりご無沙汰だった!(笑)
久々に書けて楽しかった~(*^▽^*)
ナギさん、お誕生日おめでとう!どうかずっと幸せで、皆と一緒に笑っていてね!
そしていつも甘さ控えめでごめんなさい…!(笑)