治療前の不安 | 肺腺ガンと共に生きてます

肺腺ガンと共に生きてます

娘を失って7年後
肺腺ガンの告知を受けショックで毎日泣き明かし
必死で生きてきて12年目を迎えます。
これからの人生を思う事を綴ります。

新しい治療が始まる前に不安な事

母の事・・・

 

今では週に1度、施設の方へ行っています

車で1時間ちょっとかかるので大変だけど

入院でもしたら逢えなくなるので

少しでも、できることをと思い

毎週、主人と通っています

 

先々週も、母の所へ行くと

車いすに座っているだけでも息苦しそうで

「はあ~。はぁぁぁぁぁぁ~。」

と呼吸が辛そうでした

なので、施設の看護師さんに伝えて

在宅医の先生の診察をお願いしたのですが

先週、軽い心不全の疑いがあるとか・・

 

・・・・・・

いつもそうなんです

帯状疱疹が顔にできた時も

便が溜まって腹痛があったときも

圧迫骨折で腰が痛いと訴えていた時も

私が母の話を聞いて、母の体調を見極めて

施設へ話す・・・

でも、私が行くのは大抵週末なので

近くの個人病院に連れて行くしかなくて・・・

 

どうして、施設の人が母の異変に気づいて

在宅医の先生と連携して早めに

診察や検査をしてくれないのか・・・

 

在宅医の先生は、ガン患者末期の緩和の先生

始めは、良い先生に恵まれたと思っていたけど

テレビ出演とか講演が忙しいらしくて

連絡してもなかなか来てもらえないのが現状

他の先生とも考えたけど

大きな病院のパイプをたくさん持っていらっしゃるので

いざと言う時に言いと言われ・・・

 

施設は住宅型老人施設

母のように視力障害を持っていても

施設が障害者対象ではないので

一般の高齢者と同じ扱いなので

ほとんど何もできていない状態です

 

山口県は下関市に

視力障害高齢者施設があるのですが

ここからですと車で2時間走らなくてはいけなくて

今よりも会う機会が少なくなると思って

今の施設に入りました

入った当時は今ほど酷くなかったので・・・

 

本当に施設を変わりたいとも思うのですが

今の母の認知とインシュリン注射の回数から

他への施設、療養型病院が難しいらしいです

 

私が母の先生じゃあ

安心して治療ができない

わたしが母の所へいけなかった日々

母がどうなっているのかと考えたら

不安で治療にも専念できなくて・・・

 

母も今月で89歳

年齢が年齢だからと言われることもあるけど

地獄のような日々が

少しでも笑顔が出る日になって欲しい

 

打つ手が何もない事が悔しくてたまらないショボーン