数日前になってしまうが、朝、電車で、朝日新聞の2011年7月14日(木)の社説「放射能汚染牛―生産者は強い責任感で」をみて、これがどうも納得できない。
「脱原発」を支持・応援するために、福島の生産者に責任転嫁する内容ではないかと感じたし、更にいえば、原発をイデオロギーの一部にしている延長線ではないかと感じた。
個別案件として「福島の生産者だけの責任にする社説」である。これでいいのだろうか?
「事実確認なしでの朝日新聞の結論出し」ではないか?
朝日新聞の明らかな事実誤認もある。朝日が社説内で非難している「福島の生産者が屋外の稲わらをあたえた」の旨は間違いで、生産者は備蓄してた稲わらを与えず(放射能汚染がある為)、外部から仕入れた稲わらを与えている。その外部から仕入れた稲わらが汚染されていたのは、政府側が「稲わらが放射能に汚染されている」旨の連絡を、畜産業者にはしたが、稲わら生産者にはしていないという政府側の落度によるものである。
批判を恐れずにいえば、朝日新聞に時に感じる「イデオロギーから出でる結論ありきの論調」も、一種、朝日新聞の特色でもあると、個人的には思っている。それが、時に鋭い切り口を生むかもしれないが、しかし、併せて、事実誤認を生みうる。いたしかた無いのレベルを、今回は超えていると感じる。今回は、さすがに支持できない。
福島の畜産業者の自殺者が先にも出ている状況下、「報道するものは、強い責任感で」報道をすることが求められると思う。皮肉でも、なんでもなく。
原発放棄支持も重要、しかし、大きな影響力を持つ報道機関たるものが、一生産者、一市民を、大儀のために切り捨てるような発言をするならば、共産独裁国家と似たり、大本営発表と似たりになる・・・。
<以下、朝日新聞の社説をコピペ>下線が問題部分
社説「放射能汚染牛―生産者は強い責任感で」2011年7月14日(木)
福島県南相馬市の畜産農家が出荷した牛11頭の肉から、国の暫定基準を超える放射性セシウムが検出された。この農家は、福島第一原発事故後の4月上旬まで屋外にあった稲わらをえさとして与えており、福島県はわらを食べた牛が内部被曝(ひばく)したと特定した。
牛が飼育された農場は緊急時避難準備区域にある。県は同区域から出荷されるすべての牛で体表の放射線量を測ってきた。ただ、えさの管理などは農家からの聞き取り調査にとどまり、解体処理後の肉も抽出調査していただけだった。
県は、計画的避難区域と緊急時避難準備区域の牛について、県内で処理した肉はすべて調べる「全頭検査」に乗り出す。県内の施設だけでは追いつかない恐れがある。県外で処理される分も含めてしっかり検査する体制を整え、消費者の不安を取り除いていきたい。
この農家が先に出荷していた6頭は、少なくとも12都道府県に流通し、3割は消費されていた。一定量を食べても健康に影響はないとされるが、追跡調査を続け、結果を公表していくことが必要だろう。
残念なのは、この農家が県の指導などを通じて、屋外のわらをえさにしてはいけないと認識していたことだ。原発事故後の混乱でえさが足りなくなり、やむなく与えたようだが、生産者としての責任感を欠いたと言わざるをえない。
放射性物質に汚染された食べ物から消費者を守るには、出荷前に検査し、安全だと確認できたものだけを流通させることが基本だ。暫定基準を超えたら出荷を停止し、その後は検査で一定の条件を満たせば出荷を再開する仕組みが定着しつつある。
とはいえ、コメや野菜、果物、魚、肉などすべてを検査することは不可能だ。検査機器が足りないし、手間やコストを考えると現実的ではない。このため、検査の実績や消費者の摂取量が多いものを参考に、対象や検査の実施地域を見直すやり方をとっている。
この仕組みの前提は、生産者がルールを守ることだ。国や自治体、生産者団体からの指示に基づき、放射能汚染を防ぐ手だてを尽くす。出荷停止が指示されたらきちんと守り、東京電力に補償を求める。
生産者も原発事故の被害者だけに、無念さや怒りが募るだろう。ただ、ルールを踏み外して消費者の不安を高めることになっては、関連する業界全体が損失を被る。苦境は続くが、あえて一層の自覚を求めたい。
