数式を利用する「機械的判断」は、人間のようにブレることはありません。
西のほうからミサイルが飛んでこようが、要人がビックリ発言しようが、価格が動かない限り反応しません。

(各種のファンダメンタル要因も対象とするアルゴリズム取引のシステムは別ですが)

「コワい」という感情もなければ、「今月あと一発儲けたい」なんて熱い心もありません。

淡々と判断します。

そのかわり、人間のような繊細な対応はできません。
値運びの機微を捉えたり、場の“味”によって変則的な手を打つことなんて、できないのです。いや、させるべきではないのです。

さまざまに変化するマーケットの動きを“最大公約数的”に捉え、いつでもボチボチ、大きな間違いのない結果が出る、というのがシステムの基本で、そこに損小利大のための工夫を盛り込む、というのが教科書的な説明でしょうか。

機械は、雨を予想してカサを多めに仕入れる、なんて芸当はできなくても、カサの仕入れを忘れるポカもありません。淡々とした行動が、機械的判断の根っことなるのです。

ちなみに人間は、天候を読みながらカサを多めに仕入れることができるのですが、雨が降らずカサが売れなかった、台風が強烈で誰も外に出ないからカサが売れなかった、カサばかり気にしてほかの商品がおろそかになった……こんなミスがあり得ますね。

さて、なにを持ち出しても一長一短、「これで完ぺき、もうなにも考えなくていい」なんて状況は絶対にありません。
だから、どんな考え方を軸にするか、どこまで機械的判断を盛り込むかを、“好みで決める”しかないのです。



とことんシステマチックにトレードする人もいます。
ただし、感性から生まれた“こだわり”を、可能な範囲で数式化するのが基本です。

そんな機械的売買を、部分的に利用する人もいます。


例えば、「仕掛けだけシステムがいい」という人は、次のように考えているかもしれません。
「エントリーでグズグズするのがイヤだから、機械的判断でサッと出動する。早期の損切りも、機械的判断による。でも、『乗れた』というときは、自分の感性を頼りに利を伸ばすよう努める」

逆に、「手仕舞いで迷うから、損切りも利食いも機械的に判断する」という人もいます。

機械的判断のもととなる「数式」は、そもそも生身の人間が考えているのですが、そのことは置いておくとして、「システムと裁量の“融合”」と呼べる取り組み方です。

良い悪いなんて、一概には言えません。
ずるい表現ですが、好みの方向で知恵を積み重ね、「確信ある自分流」を構築するしかないのです。


 

 

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