ASD・・・って 今はそういうんですよね。

 

わたしの子育て時代?は 自閉症と知的障害って説明?してたかも

 

息子は 30歳・・・

わたしは 今年 還暦を迎えます

 

娘の子どもも小学生で・・・すっかり ばぁばとなり ちょっとは温厚になれてる???と

大変だった頃のことを振り返ることが多いこの頃です。

この年になってもコンビニでバリバリ・・・?いや・・・ほどほどに働くことができていることに感謝

 

・・・3歳で息子が 自閉症と診断されてから・・・

20年くらい?は・・・気持ち的に周囲と戦ってたんじゃないかなぁ・・・

 

今思えば、「すみませ~ん!ごめんなさい!もうほんとにやんちゃ坊主ですわーーーわたしに似て~」なんて

最初に 頭下げてしまえば、きっと 周囲の人も笑い飛ばしてくれただろうこともきっとあるはずです

殺伐とした世の中だけど・・・こちらの対応とか表情ひとつで 受ける側に印象もかなり違ってくると思います

特に仕事をしてるときはそう感じることがとても多いです。

 

でも・・・一生懸命すぎるくらい息子に寄り添って過ごしてた小学生時代は

とにかく、『理解してもらわなくちゃいけない。』って

少し 偏りすぎる正義感?障がい児の親っていう義務感?から

とにかく いろーーーんな意味合いで周囲を敵に感じてたような気がするんです。

 

何気にトントンと肩を叩かれても 振り向きざまにはファイティングポーズをとってるような・・・ww

 

まぁ そらぁ心身共に疲れてきて当然のごとく・・・

抗うつ剤を服用することとなっていきました

 

他にもいくつか原因はあったのですが

パニック障害とうつと・・・

 

家族は大変だったろうな・・・

思い出すと パパや娘にものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

 

でも その頃の自分を抱きしめてあげたい気持ちにもなります。

 

そして きっと息子も いろんなことを感じていただろうと今になって気づくことが多いです。

 

それぞれが それぞれの立場で苦しくてもがいてたような。

それぞれに 出口を教えてくれる人もいなかったし。

・・・てか 入口も出口もないのかもしれません・・・

 

家族であっても 同じ立場じゃない。ってことを教わったんでしょうねぇ。

それをいつのまにか 受け入れられるほど、それぞれが強くなってた。

 

周囲で息子を支援してくれる方々を心から信頼できるようになっていったのも

同じ立場じゃないってことを理解したからこそ、自分が受け入れられるようになったのかもしれません。

 

子育ての主役は 『子ども』 ってずっと思いこんでいましたし言い聞かせてましたし

子どものことを中心に家庭が動いているって

確かに 子どもが産まれたら 生活は180°変わって・・・

身動きとれなくなって

子どもがだんだん大きくなっていけば、楽しみも増え・・・その何倍も不安や悩みも増えていきます

 

親は・・・とくに母親は

四六時中 頭の中の8割が子どものことを考えてる

産まれた瞬間から ずっとずっと・・・

 

子どもがたくさんいればいるほどその時間は長く続いていくんでしょうねぇ。

 

人生を終えるときまでずっと思い続けていくんでしょうね。

 

主役は誰かなんて もう関係ないって感じですよ  ww

 

でもきっと 年をとっていくごとに戦闘気分はなくなって

いつのまにか 周囲を頼ることが自然にできるようになっていくんだと思います。

 

親も子も 時の流れの中でたくさん苦しんで、たくさん悩んで、いっぱい考えて

 

いろんなことに気づいて、

 

相手をわかろうとする気持ちはとても大切だと思います

自分の思いや立場をわかってほしいと願う気持ちも当然のことだと思います

 

でも それだけに捉われることなく、生きていけたなら

心は少し軽くなるかもしれない

 

ってこの年になって

やっと気づけたみたいです・・・わたし。