先日、父が亡くなった

4ヶ月前の同じ日 母が亡くなった

入院してたし
もう90代で
大往生といえばきっとそう

亡くなる5日ほど前、
父が病室で
「わしも もうおかあちゃんとこいくわ」って
言うし
「まだ迎えに来てはらへんやろ?」って
笑ってた

帰る時
わたしの手を両手で 強くにぎって
「また来てや、また来てや」って
最後は ハイタッチして…

母は亡くなる日のお昼
わたしの目を見て
黙って 涙をこぼしてた


こうして 文章にすると
あれ…わたし
両親に愛されてたな
最後に しっかり目を見て話せて
いい思い出のまま残っていくかな

って
今、思えてる気がする


さっきまでは
晩御飯の後片付けして
お風呂入って…

今日は息子もパパも休みだし
家のことして

そんななか
あれこれ思い出しながら
めちゃくちゃ
腹が立ってた 笑

両親といっしょに住んでたのは
長兄で
離婚後は 両親と3人暮らし

気の利かない性分の兄
ちょっと空気よめない兄…

いろいろいろいろあったから

車で片道30分以上かかる距離を
何度 呼びつけられたかなぁ…

遡ると8年前くらいからか…

母にデイサービスを利用してもらう説得からだったかなぁ

わたしの初孫が生まれる頃から

分娩室に入る前に
ケアマネージャーさんから
電話が入ったことは覚えてる 笑

その2年後くらいかな
兄が交通事故で大怪我して
4ヶ月くらい入院
兄の病院と実家と
仕事と家と
息子は自閉症 知的障がいあり
こちらも生活介助は必要だし

数えきれないくらい理不尽なことはあったかも



庭の草木が凄いことになってた時
業者さんに依頼するように
何度言っても…「わしがやる」とか

ホームセンターで 草刈り用の鎌を購入して行って
残暑の暑い日、わたし1人で2、3時間ほど 草刈りしたのを覚えてる
ここ2年くらいなら 完全に熱中症で病院送りだわ 笑


玄関に積まれたたくさんの古紙が
行くたびに増えていて
兄貴に持っていってもらえって
いうのに
事故で腕や足に
障がいが残ってたから
あいつに言うのもかわいそうって

仕方なく 行政区の古紙回収場所に1人で運んだ

父が車で3分ほどの歯医者に
行くのに 呼びつけられたこともあったなぁ

タクシー呼んでくれ〜と
言っても
こんな近いところ
タクシーを呼べないとか

わたし 仕事終わって
車で送迎した自分の家まで
往復1時間以上かかったよ

母が老健に入所してから
父が
ショートステイに行くときは
前日に準備するのも
頼むから来てカバンにつめてくれって

これも 仕事終わって
息子の送迎車迎えて
パパに早く帰宅してもらって

家のご飯用意してから

また 車を走らせたよなぁ


これが 2、3度 あったかな


母の入退院、

父の入退院、


そのたびに 携帯がなって


何度も 重篤になって


何度も持ち直して


病院まで車を走らせるとき

いつも

両親との思い出めぐらせて

時には涙こぼしながら


いつも

1人で…

3年?4年?


書き出すときりがないなぁ 笑


兄たちの心ないことばに

何度 傷ついたか

何度 腹がたったか


心身ともにくたくただったなぁ


親御さんの介護をしてる人…

認知症になった親御さんの介護

お家で介護


1人で介護


きっと

大変な人は

たくさんたくさんおられると

思う



大変さに大きい小さいなんて

ないよね


頑張っても頑張っても

誰も助けてくれなかったり

報われなかったり

行き場のない気持ちを抱え込んで


それでも

生きていかなくちゃいけない


介護って

自分が怪我をしたり

病気になったりすることとは


また違う苦しさだから


何人もの思いをいっぱい背負って

先の見えない毎日を

歩いていかなくちゃいけないから


逃げることも

できないから


誰かに助けて!って言ったところで

助けてもらう手段もなかったり


ほんっとに

しんどいと…心から思う

経験した人にしかわからないよねえ


だからと言って

亡くなって


ヤレヤレとか

ホッとしたとか


そんなふうにも思えない


もう少し 違うやり方はなかったかな?

とか


もっと やさしいことばをかけてあげればよかったとか


もっともっと

会いにいけばよかったとか


悔やむことも凄く多くて


みんな

きっと

そうなんだろうな…


また

自分も

年老いて

介護される立場になったとき

親の気持ちが

理解できるのかな…


でも

今は


「よく頑張ったね」と


自分に言ってあげたい


介護は

いつも

1人だから