2001年9月8日に、妻と入籍をして同居が始まった。


自分は普通の勤務のサラリーマン、妻は夜勤がある流通仕分け作業の仕事。


新婚生活が始まってしばらくしたら、自分の上司から「新婚のところ悪いけど、地方出張を増やしてくれないか」という話があり、関西を始めとして、東海、東北、北陸、四国へと、月の半分位、出張に出るような生活になった。


妻は日系ブラジル人で、両親と5人の姉弟の末っ子。自分が5人姉弟だから、出来たら5人の子どもが欲しいなと言っていた。


そんな生活の中、妻が昼間働ける同じような仕事に転職をした。


ある時、大阪に出張に行き、移動途中の新大阪駅のホームで電車を待っていると、妻から携帯にメッセージが入ったので電話をすると、「出来た!」と。自分が知らないうちに、病院に行ったらしく、妊娠したことが分かったということだった。


ちょうど知らせを受けた日が、出張の最終日だったので、実感のないまま、でもどんな状態なのか気になったまま新幹線に乗って帰宅した。


帰宅すると、妻が嬉しそうな顔をして、白黒の病院からもらった写真を見せてくれた。まだ、どこが頭なのかはっきりわからない、豆のようなカタチだったので、実感を得られなかったが、その晩から思わず、当日住んでいた11階建てマンションの10階のベランダに出て、そこから見える山々に向って手を合わせ、お互いの両親、祖父母、ご先祖様、お世話になった方々、亡くなった数人の幼馴染みなどを思い浮かべて感謝の気持を持ちながら、「どうか5体満足で無事に成長し、産まれてくれますように。」と祈ることが、長女誕生までの日課になっていった。


(つづく)

数年前に義理の母が突然、全く想いもしなかったかたちで亡くした後、なにかこのことを記録として残して置きたいと思い、3年日記を買った。


筆不精で、何事も続かない自分が、日記なんて続くかなと思ったが、そのときはとても優しく、様々な苦労を経験し、それにも耐えて生き、愛情の塊のようなひとだった義理の母を亡くしたショックもあり、やはりカタチとして残して置きたいと思った。


しばらくは続いたのだが、案の定、いつの間にか、忙しさや疲労、自分のやりたい事を理由に、書かなくなっていった。


父が体調を崩したのを機に、時々日記を書くことを再開した。結局、昨年の2月に父を、その翌月に突如母を亡くしたことを機に、しばらくその後のことを書くようになった。


しばらくしたら、気持ちが落ち着いたのか、面倒になったのか、また書かなくなっていった。


いまでも、義理の母、自分の両親を亡くした心の大きな穴は、存在している。


亡くしてから思ったことの中に、「生前にもっと、ちゃんと色んな話をしておくべきだったなぁ」とか、「あのとき、どう思っていたのか、聞いておけばよかったなぁ」という後悔だった。


そんなことを考えているうちに、ふと、妻が命をかけて産んでくれた4人の子どもたちに、自分がなにかメッセージを残すとしたら、どんなことを残して伝えてあげたいかなと思うようになった。


なにせ気まぐれで、ひとつのことが長続きしない性格なので、本当に続けられるかどうかわからないが、自分の子どもたちへのメッセージのようなものを、

今後は気が向いたときに、書き綴ってみたいと思う。


果たして、ホントに続くかなぁ。

スカウトを受けて臨んだスカウトセレクション。


県内を中心とした強豪チームも呼ばれていて

やっぱりなぁと思い、短いミニゲームの中で見せ場を作れたのは、ほんの少し。それでも、シュートを一本決めることが出来ました。


その後しばらくして、次の練習会への参加の依頼を頂きましたが、やはり残っていたのは、強豪チームメンバーたち。


ミニゲームでも、やりたいポジションが取れず、見せ場も前回よりも少なく、帰りの車内では、正直親子ともに「これは落ちたな」空気。


また、どこを受けるかよく情報を集めようと、気持ちの切り替えに向かっていました。


数日後、自チームの代表から電話があり、「この前のセレクション受けたチームから、ぜひ内定を出したいと連絡があった。」と驚きの内容。


次男もそれを聞いて驚き、意思を確認したら、ぜひ行きたいということになり、お陰様で、本部でチームについての説明を兼ねた面談をさせて頂き、書類も交わして、そのジュニアユースチームに来年度から入団させて頂くことになりました。


湘南ベルマーレWESTさんの一員として、来年度からお世話になります。


HP上にも、顔写真と名前が載ることになるので、悪いことは出来ません(笑)


それまでは、今のチームで一生懸命にプレーをしなければ。ここまでこれたのも、チームの代表、監督、コーチ陣やチームメイトたち、保護者の方々など、多くの方々のお陰であることを本人が忘れないようにして欲しいです。


来年度からは、本当の競争の厳しさの入り口。本人の目指すプロになるには、本人の努力次第。


どこまで行けるかな?