こういう話題はあまり受けない気がするけれど書く。
どうしたら革新的なものが生み出せるのだろうか
なんとなくのセンスでは絶対うまくいかない世界である。
成年向けやなど、ある目的のために作り出されたものを抜かすと、
本当に良いものを作る際には自分の頭で考えられた、全く新しいものが必要になってくる。
そうでなければ評価されることはない。
全く新しいものというのは人生で得た物の見方を自分なりの形にしたものであると思う。
よって、その時流行っている他作品に簡単に影響されないで、
それらを咀嚼して自分のものにするくらいの気持ちでやっていきたい。
「笑い」というのは、その対象をある視点で見下すことによって無防備な表情が現れたものである、
と書かれた本を読んだことがある。
実際そうであるような気がする。
本当に良いものを見て笑う人はいない。
笑いを引き出すために作られたものを見て私たちは笑うかもしれないが、
それが笑えるものであればあるほど、作者を笑うことはない。
こういうふうに書くと、笑いが良くない事みたいだが、笑いは大事だ。
自分の中で作り出されたものをみて笑ってもらいたいものだ。
でも、趣味くらいは自分に納得が行くようにやりたいものだ。
中途半端に受けを狙ったものが嘲笑されるは、羞恥の極みである!と思う。
それで、それにはインプットに対してアウトプットが大事と言われるが、
俺は、受け取ったことを素直に解釈するのが苦手である。
つまり、9割方ツンツン状態である。
家に帰るとため息ばかりである。
そんなもので、面白いかもしれないものをみても、
「こ、こんなの面白くなんて、な、ないんだから!!」と、
作品を正当に評価出来ていない面が自分の中にあるなあ、と感じる。
この気持ちは劣等感から生まれた様な気もする。
触手さんは見ていて素直な印象を受ける。
素直なのはいいことなんだからひねくれないでいなさいよね。
キチさんは王道を数歩ずらした展開を好むように思える。
王道が自分の血肉になってるからずらした展開ができるってことを忘れないでおきなさいよね。
どちらにしろ、自分らのやりたい事をやるのがいいことだというのは変わらない。
がんばろう。
by DJ.小salt