教団の寮である「ホーム」に入るに当たり、霊の親や他の献身者たちも喜びいっぱい私を歓迎してくれた。
「これで思う存分、伝道が出来るわね。お父様のみ旨の為、頑張りましょ!」

み旨と言うのは、教団の最終目標、世界統一を果たす為にやるべき活動、特にエバ国日本の使命は、人材復帰(伝道)と万物復帰(経済面での支え)と言われていた。

ホームに入った翌朝のこと。
早朝6時より、祈祷会。と聴かされていたのに、献身者は誰も起きて来ない。
私よりちょっとだけ早く、入居したばかりの献身者が6時に起きて、他の献身者を起こしに回っていた。
それぞれの部屋のドアを乱打しながら「祈祷会の時間です。起きて下さい!」と何度も声を掛けている。苦笑いしながら私もドアをノックして回った。

結局、献身者たちが起きて来たのは30分後。それは、私たち新入りが皆を起こして回ったからであって、そうでなければもっと遅くなるときもある。
6時半からの祈祷会も、床に突っ伏したまま寝てしまっているメンバーも多い。そんな光景を気の毒に思いながら自分は夢中で祈祷を行った。
献身者たちが起床時間に起きられないのは毎日のことだった。しかも、形式的な祈祷を済ませると再び部屋に戻り二度寝するメンバーが殆んどだった。
やがて、私自身もそれに流されるように、6時起床が出来なくなっていった。
何しろ、献身者は夜中まで伝道活動などを行い、ホームに帰り入浴など済ませ眠りにつくのは深夜2時頃である。そのペースに合わせると自ずと昼間の仕事がきつくなっていく。
コンピューターを前に早さと正確さを求められるデータ入力の仕事をしていた私は、常に睡魔に襲われミスばかり犯すようになった。

仕事を終えて、実践トレーニングに行くのだが、新生トレーニングに比べ、アベルもかなり厳しくなった。
特に女性のアベルの方が厳しかった。
実践トレーニングに入ったばかりの頃、残業があり遅くなったと電話すると、
「なぜもっと早く報告しなかったのか?」と激しい分別を受けた。
これからは今まで以上に細かい報連相をしなければならないと悟った。

実践トレーニングで、初めて高校時代の友人をビデオセンターに入会させることに成功する。
私がビデオセンターに通いだした頃、コンサルタントに別れを告げた帰り際、いつも霊の親(誘った人)からの手紙を渡されていた。
「霊の親子」と言う関係性は後になって知ったのだが、とにかく霊の親はビデオセンターに通う私に対して至れり尽くせりだった。
ビデオセンターに行けば霊の親もそこにいて、言葉も交わしているのに、それとは別に律儀に手紙を書いてくれていることは素直に嬉しかった。
しかし、自分が誘ったゲスト(霊の子)がビデオセンターに通ってくるようになって、アベルから「毎日、手紙を書くよう」言われる。
自分に渡されていた手紙も単に義務付けされていたものだったと分かると、少々興ざめする思いだったが、特につまずくわけではなかった。

新生トレーニングと実践トレーニングで既成の知人友人に、片っ端から声をかけ、声をかけ尽くした挙げ句、次なる手段として、街頭伝道に出るようになった。私自身が、そうされたように見ず知らずの若者に、
「青年の意識調査に協力して頂けますか?」
とアンケートへの協力を求める。
当然、応じる人は少ない。そこをどのようにして応じて貰うか、実際に街頭に出かける前に、お互いの台詞を想定してメンバー同士でロールプレイをする。
そこに用いられる手法として
「賛美のシャワー」と言うものがあり、アンケートを断られてスルーされる前に、相手の良いところを見つけて誉めちぎるのだ。
街頭で咄嗟にそれが出来るよう訓練するため、出かける前の「出発式」において、メンバー二人組でお互いを誉めちぎる。これが「賛美大会」である。

非原理時代には言えなかった歯の浮くような誉め言葉も抵抗なく言えるようになる。
また女性には外見を、男性には内面をほめるのが良い、と男女の心理の違いなどからも指導されていた。

ロールプレイでアンケートの一連のトークが上手く進み、ビデオセンターに行くアポを取り付けるところまでイメージする。
そのあと、メンバー一人一人が
「決意表明」と言う形で今日の目標を述べる。
「今日は街頭から直動(直接動員)でコース決定一名、絶対決めます!」 と言う具合だ。
士気を高める聖歌やみ旨の歌などを拳を振りながら、皆で合唱し、それぞれの任地へ出発して行く。

【聖歌 第5番  勝利者の新歌】士気を高める歌の一つ

任地に着くと、アベルに連絡して「これから伝道を始める」ことを報告する。
それから何か動員のアポが取れたり、直動が決まったりしたときは報告の電話を入れる。何の動きが無くとも一時間おきぐらいに、アベルに連絡をして「心情報告(今どんな気持ちか)」をしなければならなかった。


寒い雪の日だった。
メンバー二人、夜中のコンビニ前で、街頭伝道を行っていたときのこと。
悪天候に加え時間が遅いこともあって、コンビニに来る客は殆んどいなかった。
それでも実績を出したい一心でアンケート用紙を胸に抱えながら、客を待っていた。

その内、急に気分が悪くなり吐き気を催した。そのことを相方のメンバーに伝えると
「とにかく店内に入り暖まろう」と提案してくれた。
当初、彼女は普通の客のふりをして、しばらく暖を取ったら、アベルに迎えに来てもらおうと思ったらしいが事態が急変した。
店に入るなり、吐き気をこらえなくなるが、それより先に失神し店の床に倒れ込んでしまった。遠退いていく意識の中で
「あぁ、凍死ってこんな感じなのかなぁ」と思ったことを憶えている。
店の人は動転し、救急車を呼ぼうとしたようだが相方が咄嗟に
「ちょっと飲みすぎただけなんで…」と誤魔化しアベルに連絡して迎えに来て貰った。
相方と店の人に大きな声で「大丈夫ですか?」とたずねられ、意識を取り戻した私はアベルの車に乗せられそのままホームに帰った。
禁酒禁煙と言う戒律の中で暮らしているのに、非原理の人への誤魔化し文句が「飲み過ぎ」と言うのは皮肉な話だった。

過酷な伝道を強いられていても教団や、アベルに対して不満を感じることは無く、このような事態になった我が身を反省し、実績を出せなかったことに対して申し訳ないという思いでいっぱいだった。

教祖である文鮮明は教団を立ち上げる際、そして立ち上げた当初も並々ならぬ苦労をしたのだと言う話を「主の路程」という講義の中でさんざん聴かされていた。
その苦労に比べれば我々の苦労など微々たるものであるが、僅かでも「お父様の苦労を味わえることは素晴らしいこと」とされていた為、過酷な環境に立たされるのは逆に喜びとなっていくのだった。
「お父様」を思って歌われる歌の一つに
「涙の歴史」と言う曲がある。

1. 涙でつづる主の道は
    孤独な父を慰めて
    神の歴史をひもといて
    涙でにじんだ1ページ
    早く過ぎ去れ  青春よ
    血のにじむ闘いの中で
    ただひたすら待ち続けた
    真の母を探して

2. 異国の地へと ただひとり
    神のみ言たずさえて
    自分の命を投げ捨てて
    神の願いを果たすため
    早く過ぎ去れ  青春よ  
    闘いは子女たちが受けて
    ただ苦労を  追い続けた
    真の父母をめざして

    血と汗と涙の祈りから  産声があがる
    信仰よ  炎と燃え上がれ  世界の果てまで

YouTube動画あり↓
https://youtu.be/aJUCYqDK3GE

この歌を歌うことで更に「お父様」の苦労が身に沁みるように感じられていた。特にさびの
♪早く過ぎ去れ青春よ~
の部分は伝道中に頭の中をヘビーローテーションしており、「お父様にも青春なんかなかった。私たちにも青春なんていらない」…といった心境になるのだった。

ホームに帰りお風呂に入る。
ゲストにメシヤを明かす前や3DAYSと言うセミナーに行かせたいとき、多額の献金をさせたいとき、等々、霊の親やコンサルタントが風呂場でよく水行(水垢離)をしていた。
また伝道から戻り疲れ切った身体で浴槽に浸かっていると、そのまま眠ってしまい、顔が浸かって溺れそうになり目が覚める、なんてことは、日常茶飯事だった。

伝道活動で忙しく、メンバーは出発ギリギリまで寝ているので、掃除をする暇など無く、布団も万年床。

指定の日に生ゴミを出せないキッチンではヌートリアが駆け抜けるのを何度か目撃したこともあった。

二度寝が出来る献身者はまだいい。
昼間、仕事に出掛ける「勤労青年」と言う立場のメンバーは、一番ツライ。
仕事でミスを重ねた挙げ句、上司に呼び出しを受けた私は、ひたすら謝るだけだったが、仕事と伝道と言う二重生活をやめられるわけでもなく、ミスが改善されることはないまま、いずれ献身するのだから、と年度末に職場を辞めてしまった。この時点でもまだ親には統一協会のことを明かしていなかった。

とにかく過酷な生活の中で、つまずく要素がなかったわけではないが、つまずいてアベルに相談したところで、「不信は罪」と言われるし、
そもそも睡眠不足のせいで何か頭で考えようとしても、とにかく眠気に襲われてばかり。
「思考停止」どころか
「思考不可能」と言う状態に陥っているのだった。

睡眠時間の削減
マインドコントロールに拍車をかける巧みな手法の一つだ。