good days' diary* -16ページ目

good days' diary*

20代会社員。
旅行・読書・カフェ巡りなどがすきです。

あけまして、おめでとうございます。


2013年1年を振り返ってと、2014年の目標について、昨年のうちから書きたい、書きたい、、と思っていながらついつい年が明け、もう1週間以上経ってしまいました。


こう、先延ばしにしない、というのも一つの目標に加えたいものですね。。。


さて。


2013年、1年を振り返って。

これだけは言いたかったんです。

一番私にとって大きな出来事だったのは“失恋”だったと。


それは、半年くらい引きずった大失恋で、辛かった、ということはもちろん。

仕事にもまま集中できず、新しい恋もできず、毎日仕事中抜け出してこっそり倉庫で泣いて脚立で目を冷やして職場に戻っていた日々。

キャリア意識が高かったはずの私が、キャリアなんてどうでもよくなって、ただひたすら彼の気持ちが戻ることを祈っていた空白の時間。


その何もできずただじたばたとしていただけの半年間が、今思えば、自分とひたすら向き合う時間だったように思え、そして結果、気づきを多く得ることができた期間となりました。


たとえば。


何でも一人でできると思っていたこと。一人で生きていけると思っていたこと。本当はそんなんじゃなくて、孤独になんてまったく慣れていなかった。


支えあえる人、認め合える人がいることの大切さ、幸せさ。

私はこの先、一人ではなく、誰かと支えあって生きていきたいと思っていること。

そういった相手がいて初めて、強くなれるのかもしれないとさえ思ったこと。


自分の幸せを、“幸せ”と胸を張って言うことのできる強さが肝心だということ。


そしてまた、あまりにも何でもかんでも相手に依存しすぎてしまっていた。「必要とする」のとは違って、依存していた。

たとえば、仕事に対するモチベーション。自分に対する自信。キャリアプラン。あるべき自分の姿。自分の存在意義。。。

そんな、自分で考えるべきもの、自分で打ち立てるものまでも、彼の存在に依存してしまっていたことに気が付いた。だから、彼を失ったときは、全てをうしなったようで、目の前が真っ暗だった。


上に書いた、「支えあって生きていきたい」というのと、依存するのは少し似ているけれど。

私の中では、お互いに自立したうえで、お互い一緒にいた方が楽しいし、満たされるし、強くなれる、という存在が“パートナー”なのかなと考えるようになりました。


そして最後に、悲惨な話だって、辛い話だって、笑って聞いてくれる人の存在のあたたかさ。

笑って、ネタにされて、最初は「笑える話じゃないんだけど・・・」なんて思ってたのに、気づけば一緒に笑っていられた。

その人のおかげで、私は前を向けたかな。

それから、「自分の失敗を笑って話せる」って素敵なことだなぁって気づいて。いつだって笑っていたいと、どんなことがあっても、真剣でありながらもヘラヘラしていたいって思った。


沈んでる間は本当につらくて、そして仕事も、勉強も何も手がつかないのが苦しくて。

何の実もならない期間だと思っていたけど、そして実際に、表面上は何も成果物は出ていないけど、それでも大切なことにたくさん気が付くことができた。

ツライ経験からも、こんなに学び、得ることができるなんて、私は本当に前向きだなぁって

我ながら感心・・!


・・というのは言い過ぎかもしれないけど、

それでもこんな前向きさ、貪欲さを持った私ならこの先きっとダイジョーブ。って自信はつきました。



既に長くなりましたが、もう1つ議題、今年の目標。


漠然としてしまうけれど、

「一日一日丁寧に生きたい。」


25歳を過ぎて、お肌の曲がり角曲がってしまったけれど、それでも久しぶりにあった人にはキレイになったって言われたい。

4月に一つの転機を迎えるので、その準備と、これからの三か月、たくさんのやりたいこと。

そして、自分のなりたい姿にもっと近づきたい。


それらをすべて叶えられるのは、積み重ねでしかなくて、日々の習慣でしかないということ。

わかっちゃいるけど、習慣こそ、なかなか変わらないもの。

そういった部分に意識を向けて、変わっていけたら。


まずは今月、帰って何もしないまま寝てしまう日々が続いているので、そこからですね・・・


というわけで、「新年の計は、できるだけ早いうちに」という今日でした。

あれ、「元旦にあり」、だったっけ・・・。笑。


先日、お酒の席で、まぁいわば恋愛トークをしていたときのこと。


ものすごーく優しそうで、それはそれは良い彼氏なんだろうなと前から思って

いた後輩の男の子の話を聞いていた。


優しそうな感じとは裏腹に、一人の時間が楽しくて彼女にもう数か月も会って

ない、とかいう意外にワイルドなギャップに少しキュンとしつつ(笑)話を聞いて

いた。笑


そこでさらに私がギャップ萌えしてしまったのは、彼が言ったこの発言。



「女の子は、ワガママとか言ってくれた方が嬉しい。

だって、素直なだけだったらつまらないじゃないですか。」



これ、これまで、「ワガママは悪!」だと思っていた私にはカルチャーショック。



しかし、男の子に言わせると、「可愛いワガママはすき」が大多数の意見のよう。


そう聞いた私は翌日、飲みすぎた重たい頭を働かせ、

さっそく検索エンジンに 「可愛い ワガママ」 を入力する。


すると、「今すぐ会いに来て!」などの相手の都合を考えない自分勝手なワガ

ママはただのワガママでしかないものの、「あれが食べたい」などの“無理がな

い・叶えやすいワガママ”は叶えたいと思うものらしいということがわかった。


つまり、


男の子は、少しくらいハードルがある方が燃える。

いわばハードル萌えするものである。


と自分の中で結論づけた。


その後、グーグル先生のお導きに従い、「相手が叶えられるワガママ」を言い、

それを叶えてくれた暁には「ありがとう♡」と伝える。

このメソッドで私は完全に恋愛勝者になれるのでは、と一気に無敵感を感じた

のであった。

女子力が5くらい上がった気がした。


“可愛いワガママ”の使い方を把握したところでさておき、翌日、さらに気になった

ことがあった。


「ワガママをすんなり聞いてくれる男の人、私は好きだろうか?

・・・・・いや、つまらないんじゃないの?」


ということだった。


前に付き合っていた彼も、まぁいわば全然思い通りにならない人で、私のワガママ、

可愛いワガママを言うどころじゃなく、彼のワガママにどう対応するか、といったとこ

ろでよく苦慮していた。


男の子には何でも叶えてもらう・してもらうのが女の幸せ♪的な世間に薄い常識が

ある中で、私はわりと奇異な方と思っていた。


しかし、私もやはり、例のアレだった。



「ハードル萌え」。



私だけじゃない。高学歴女性がもし、ダメンズにはまりやすいという統計があると

するなら、きっと、そうだ。


“若いとき、小さいときから、高いハードルを課されてきた、または自ら課してきた”

人間は、男も女も関係なく、

ハードルを乗り越えた快感を知っているが故に、高いハードルを求めてしまうもの

なのだ。


簡単に自分の望みが叶えられてしまうなんて、つまらないと、きっとどこかで思っ

ているのだ。


それが自分の幸せにダイレクトに結びつくかどうかは別にしたとしても。