あるようでないことってあると思う。
経験したときに初めて、「今までの人生でこんなこと、あったかな?」
って思うような。
私の中で記憶に新しい、そんな、「あるようでなかった」経験、
それは、「思ってることを、そのまま話す」ということ。
言葉にうまくまとまらなくってもいい。
ネガティブな言葉でもいい。
単に疑問に思ってることでもいい。
今の考えを、思ったまま、話す。
それは、普段できるようで、実はできていない。
時に、自分の中だけで考えるときでも。
相手がいれば、
「こんなこと言ったら、悪く思われるかな?」
「話、まとまってないな」
「つまらなそうにしてるな」
そんなことが気になるし、
自分の中で考えるときだって
「そんな暗い考え持ってちゃダメダメ!」
「もっと前向きに考えなきゃ」
「こんなに楽観的に考えてて、現実は悪かったら、ショックが大きいよな・・」
そんなことを考えて、
一人でいるくせに、頭の中でどこかでストップをかけてしまう。
気づけばいつだって、他人から見た自分が気になってしまうし、
自分の中でも、なりたい自分が気になってしまっているんだ。
*
そのストッパーを、外してくれた人がいる。
すごく丁寧に、笑わずに、否定せずに、特に同意もせずに、話を聞いてくれた人。
向こうは仕事だったから、コーチングについて勉強していた人だったのかもしれない。
それでも、大袈裟に言うと、「魂が解放された」みたいな気分になった。
そして最後に、その人はこう言った。
「僕が話を聞くのはここまでだけど、あとはもうちょっと考えてみてください。
あなたの場合、想いや答えは既にあるはずだから、あとはそれを具体的な言葉に。」
本当に、私の場合、そうだと思った。
気持ちや思いがあるのに、それを明確に伝えたり、具体的な言葉にすることをあまりしてこなかった。
もっと言うと、他人になんてどうせ分かってもらえないし、伝えるのなんて、メンドクサイ、
と思ってた節がある。
*
いま。
大切な人に、何かを伝えたい。
そんな気持ちはある。あるんだけど、伝える言葉が見つからない。
話したいことはたくさんあるのに、伝えたいことが、出てこない。
たくさん考えているのに、伝えるべきことが出てこない。
また、ストッパーが邪魔をしているのかもしれない。
「愛されたい」
そんな気持ちがあるから、
「愛されるために必要な言葉」
それしか選ぼうとしない私のフィルター。
そしたら、何も、伝える言葉が見つからなくなってしまった。
そんな魔法の言葉、ないんだから、見つからなくても仕方がないのかもしれない。
何を伝えても意味がないかもしれない。
どんな言葉も、自分勝手な「愛されたい」欲望のためで、相手には響かないかもしれない。
そんな想いが私の中をよぎる。
だから何も出てこないんだ。
*
正解なんてわからないけど、気持ちはちゃんと伝えたい。
醜くても、自分勝手でも、マイナスになってしまっても。
「もうわかってる」って言われるかも。
「もう聞きたくない」って言われるかも。
それでも、あの時のことを思い出して、今は話を聞いてくれる人がいないけれど、
一人だけど、心の中の渦巻を、具体的な言葉に。
私の思ってることを、そのまま聞いてくれた、あの人は元気にしてるかな。