母は、私が高2になった頃

仕事に行けなくなりました。

当時、精神疾患は、おかしな人扱いされるご時世で、鬱病と診断後、長い間、良くなったり、悪くなったりを繰り返しているうちに、薬依存が深まって、果てはその副作用に苦しむようになりました。

私への依存も酷く、私は結婚を理由に家を離れましたが、日に何度もかかる電話、仕事であろうが夜中であろうが関係なし。

そのうち、希死念慮に囚われだし、食事を取らなくなったり、自暴自棄な発言が増えたため、入院させました。

そこから、昨年亡くなるまでの約15年、家に帰ることは出来ませんでした。いえ、私が、私と娘の生活を守るため、許可しなかったのです。


そして今、娘が不登校になり、何が最も大切かを改めて問われることになった時、母に言われた一言「死んでもいい?」が蘇りました。

娘も同じように思うかもしれない。

思うだけで済まないかもしれない。

それだけは絶対回避する!


母と同じ道には、行かせない。

まずは、日々を楽しく過ごすこと。

拗らせてしまったら、元には戻れない。

母との経験が無ければ、私は、娘を無理矢理登校させ、叱り、追い詰めて、、、もしかしたら、今ある「今」は、なかったかもしれません。


勉強よりゲーム三昧だけど、他にしたい事が見つかるまでのリハビリツール。

寧ろ楽しいと思えるゲームが世あって良かったとすら思っています。

母にとって、私は怖い娘だったはずです。

遅くなったけど、感謝しています。

ありがとね!