※本の内容紹介あります。ネタバレにご注意下さい。
 介護の明日を考える会(通称かいあす)は、職種で、介護をめぐる教材を輪読して感想交流するweb輪読交流の会です。

 ミーティングの報告の間に私が読んだ本から感想交えて綴っています。
 今回

ジョアン・C・トロント 著

モラル・バウンダリー

ケアの倫理と政治学

 

という原著1993年、邦訳2024年初版の本を取り上げます。

 著者は、出版当時ミネソタ大学政治学教授。専門はフェミニズム政治理論、とされています。Googleで著者とケアの関係性を検索すると、「ケアを、個人の問題から、社会的・構造的課題に引き上げた第一人者」と言うコメントが出てきます。

 私たちの法人では、一年余り前から「ケアの倫理」を語ろう、と呼びかけられてきました。なかなかわかりにくい概念なので何冊か本を買って読んでいますが、どうやら歴史的に学ぶ必要がありそうなので、「ケア」がフェミニズムとの関係で論じられるようになった契機を作ったらしいこの方の著作に挑戦することにしました。。


 本書は、以下の5章とまえがき・あとがきからなります。

日本語版序文

まえがき

第一部 序論

 第一章 道徳の境界と政治的変化

第二部 「女性の道徳」に抗して

 第ニ章 普遍的道徳と道徳感情

 第三章 道徳はジェンダー化しているのか?

第三部 ケアの倫理のために

 第四章 ケア

 第五章 ケアの倫理

 第六章 ケアと政治理論

訳者解説

 

 今回は

第三部ケアの倫理のために

第五章ケアの倫理

         前半を。

 

 第三部ケアの倫理のために、では、社会におけるケアの位置に関する実践的・道徳的・政治的側面を統合したもう一つのケアの概念について詳しく提示する、とされています。

道徳的である事は、個人的にも社会的にもケアの要求を満たそうとする事。

 第五章は、以下のような節からなっています。

1.ケアの倫理の実践

2.ケアの実践における道徳的ジレンマ

3.私たちの道徳的領域の拡大

4.倫理と政治


 著者は、この章で、道徳的実践のためのケアの概念が意味するものを描き出し、道徳に関する重要な問題がケアの理論の中心にあることを主張する、とします。


 まず、道徳とケアの倫理の実践に関して以下の緒言が提示されます。

道徳的に善良な人間であるためには、自分の人生に生じるケアの要求を満たすように努める人間であることが要求される。道徳的に称賛されるべき社会と判断される社会であるためには、その構成員と領域に対するケアが適切に提供されなければならない。

 続けて、ケアの倫理の実践には、特定の道徳的資質を必要とするが、それには、特定のケア行為と「心の習慣」との両方が必要になる、とされます。

ケアの四要素からケアの四倫理的要素へ。

 ケアの四つのフェーズ、「関心を向けること」(caring about) 、「世話をすること」(taking care of)、「ケアを提供すること」(care-giving)、「ケアを受け取ること」(care-receiving )はそれぞれ、以下の四つの倫理的要素に繋がる、とされます。

① 注視attentiveness 

② 責任responsibility 

③ 能力competence 

④ 応答responsiveness 

 特に、第二フェーズ「責任」と、「四つのフェーズの統合性」に関する記述が重要そうなので要約します。

 道徳的価値観では、「義務」という概念が多用され、「責任」への言及は少ないのだそうですが、著者は「責任」という、より曖昧で文化的な概念を用いることを提案します。例えとして挙げられるのが、暴力で荒廃したロサンゼルスの一地区を再建する「義務」はアメリカ連邦政府にはないだろうが、「責任」は議論できる、という具合です。ケアの「責任」が生じる要因や割合は多様であることを前提にしつつも、倫理的課題として議論の対象に取り上げるべきだ、とのことです。

 もう一つ強調されるのが、優れたケアは、ケアのプロセスの四つのフェーズを統合することを要求する、という点です。ケアには葛藤が包含されるが故に、善意や誰か個人の高い意識だけに依存するのは無理があり、集団的な叡智であったり、社会的背景を含んだアプローチでなければならないとされます。

ケア実践の「能力」は職業的倫理のみに終わらない。​

 ケアを仕事にする、医師として気になるので.ケアの道徳的実践における「能力」competence の問題に関する記述を取り上げます。

 例として挙げられるのは、資金が十分でないために、数学を知らない教師がそれを教えられるよう命令されるようなケースです。ケアの提供者、特に大規模な官僚的組織では、このような不十分な「世話をする事」taking care ofの形が蔓延している、と指摘されます。当事者も、職業倫理に従っているからといって自身の無能力を免罪することは出来ない、すなわち技術的研鑽もケアの倫理の実践には要求されるというのです。

 ちょうど、朝の連続ドラマ「風、薫る」で、ナイチンゲールの看護覚書を学ぶシーンが前週放映されていました。学生たちが”observe”の訳語に困り、行き着いた先が、有名な「看護は観察である」というフレーズです。

 本文では触れませんでしたが、ケアの倫理実践の第一「注視」と通じるものがあるなぁ、と感じました。”That is nursing.””That is care!”というわけですね。

(医師K)

(このシリーズ続く)