團菊祭五月大歌舞伎昼の部を観てきました。
すさまじいお芝居!!こういうの観たかったー!という圧巻のお芝居でした。

市川海老蔵さんは、去年の七月大歌舞伎を彷彿させる、五役を全力で演じ切ります。
私は特に、鳴神上人の神聖さと迫力に自然と涙が溢れました。

早替り、梯子の上でのぶっかえり、屋根上での迫力の大立廻り、空中浮遊などスペクタクルにも富んでいて、大エンターテイメントですね。しかも、細部に至るまで洗練され、様式的に確立している純歌舞伎、歌舞伎十八番でそれを見せてくれるのですから、お芝居の質も高い!この上ない贅沢です。

現代的な演出も加えられていますが、海老蔵さんの基本はやっぱり古典!ぶれない古典への忠実さが大前提としてあるんだなということを、今回改めて感じました。そこに共感します。

共演者も尾上菊之助さん、尾上松也さん、坂東彦三郎さんなど役者の層が厚いのも良かったです。

 


「口上」
緋毛氈が敷かれ、柿色の裃を付けた市川海老蔵さんの口上からお芝居が始まります。
神聖な雰囲気にお芝居への期待が高まります。

まず、成田山新勝寺が開基1080年を迎えたお祝いを述べ、十二世市川團十郎の五年祭の興業ができる感謝を述べました。

今年開基1080年ということは、10年後には開基1090年、20年後には開基2000年ビックリマークそのときには、きっと盛大な公演を歌舞伎座でするんでしょうね!勸玄君は10年後には15歳、20年後には25歳!どんな演目がみられるのか楽しみでなりません音譜

そのあと、登場人物5人の説明がありました。鳴神上人、早雲王子、安倍清行、粂寺弾正、不動明王、それぞれの写真が掲げられ、物語のあらすじが語られます。

「捌き捌かれ、殺し殺され、一生懸命勤めます」という海老蔵さんの言葉に、満員の客席から拍手喝采ビックリマーク

 



「大内の場」
口上の姿から早替りした海老蔵さんの安倍清行、そしてこれまた早雲王子への早替りが見事でした。

「毛抜」の前段階となる、鉄の髪飾りや磁石、「ことわりやの短冊」、小磯(坂東玉朗さん)、文屋豊秀(尾上松也さん)が出てきて、なるほど、こういうお話しとだったのかと理解できました。
 

海老蔵さんの口説き方の早口言葉も聞けます。外郎売りのような早口言葉を、詰まりもせずすらすらと言い立てて驚きました。

中村錦之助さんは関白にぴったり。あと、成田屋で今月名代昇進する市川升三郎(ますさぶろう)さんもたくさん出てきて活躍します。




「毛抜」
海老蔵さんの粂寺弾正、待ってましたぁ~ビックリマーク
というのも、「毛抜」は去年と一昨年に1回ずつ見てずっと引っかかっていたのです。
「おおらかさ」について。

一昨年歌舞伎座で見たときは、小野家家臣の八剣玄蕃と秦民部の争いが全面に出ていて、この二人が主役なのかと思いました。粂寺弾正は、あくまで家来の身分なので、目立たず小さく解決して、お芝居の流れ的には脇役なのかなはてなマークと思えたからです。しかし、チラシなどをみると、見所は粂寺弾正のおおらかさなどと書かれていて、ずっとおおらかさとは何だろうと気になっていたのです。

それでやっと本家本元の「毛抜」が観られて嬉しいです。
海老蔵さんの粂寺弾正は、まさに荒唐無稽な荒事そのもの。やはり、粂寺弾正こそが疑いのない主役だということに気が付きました。

声も存在感も大きく、捌き役としておおらか。毛抜が動いて驚く見得、腹這いの見得など、ところどころにある五つの見得も錦絵のように立派に決まります。團十郎家の衣装は海老が金糸で縫われ、豪華絢爛キラキラゆうゆうとした引っ込みもおおらかです。

「毛抜」のおおらかさについて坂東三津五郎さんの本に興味深いことが書いてありました。

 


粂寺弾正は、名探偵のように事件を解決していきますが、その探偵ぶりが理知的に見えたら弾正は小さくなってしまうのです。あくまでも荒事の精神で解決していかなければならないのです(『坂東三津五郎歌舞伎の愉しみ』P.118より)。
なるほど~、理知的に見えると小さくなってしまうんですね。今まで感じていた違和感はそういうことだったのかも。今回、海老蔵さんを観てとてもスッキリしました。


秦秀太郎の中村児太郎さんは若衆姿が初々しく、巻絹の中村雀右衛門さんは若々しくて綺麗でした。錦の前の中村梅丸さんは女の子のように可愛いかったです。坂東彦三郎さんは、去年国立劇場で観たときは八剣玄蕃でしたが、秦民部もいいですね。今月は昼の部しか出ていないので、夜の部も出てくれたら嬉しいかったな。片岡市蔵さんの小原万兵衛も相変わらず、芸達者だなぁと思いました。

 

不動明王は閻魔大王同一視する考え方があるので、不動明王と縁のある團十郎家と閻魔大王が友達だというのも大変説得力があります笑



「鳴神」
通し狂言のなかで、ここが一番感動しましたビックリマーク何に感動したかというと、鳴神上人の神聖さの尊さ、そしてその尊さが失われることの悲しさについて。

このお芝居は素晴らしいですね。高貴で純真で神聖な上人が還俗していくプロセスが大変緻密に描かれています。そのプロセスを一瞬一瞬の雲の絶間姫とのやり取りで、海老蔵さんが大変巧みに見せてくれます。もちろん、知的に色を仕掛けていく菊之助さんも素晴らしい。

神聖だった上人が堕落し、怒り狂う迫力の姿には、非人間的な神々しさすら感じて、ポロポロ涙がこぼれましたえーん海老蔵さんの荒事は神事のよう。元来荒事は原初的な宗教と分かちがたいものだったということに共感です。

「鳴神」では、還俗のプロセスが舞台空間の使い方にも現れていて面白かったです。
はじめ、鳴神上人は小高い岩屋の中、雲の絶間姫は外の低いところにいます。この岩屋の階段が聖と俗の境界のようで、鳴神上人は雲の絶間姫の話を聞くうちに、じわりじわりと階段に足を掛けます。

ちなみに、雲の絶間姫の話を岩屋の中で聞く海老蔵さんの横顔や斜め顔、神聖でカッコいいですドキドキ去年の「連獅子」の時にも感じましたが、海老蔵さんは他の方が持っていない、一種独特の神々しい雰囲気をまとっていてそれが魅力ですね。

階段を落ちると気絶して、慌てて岩屋の中に飛び返る鳴神上人。このとき、上人は雲の絶間姫を汚らわしいと突き飛ばして戻ります。そう、もともと気高く自分に厳しくい生真面目な人。この聖から俗へ移り行く一瞬一瞬のお芝居が素晴らしかった。

しだいに雲の絶間姫(尾上菊之助さん)も着物の裾をたくし上げ、声色を変えます。お色気ムンムンに好きな男性の寝床へ忍び込んで一夜を過ごした話をします。とっても色っぽい。聖を守りたい海老蔵さんとそれを切り崩したい菊之助さん。二人のやりとりが絶妙です。

 

雲の絶間姫の話に相の手を入れる市川齊入さん(白雲坊)と、片岡市蔵さん(黒雲坊)もうまいですね。雲の絶間姫の話を聞いて『溶けるわ~』『わしゃ木になった』と言って極めて人間的で俗っぽい笑二人の坊主は、当時の観客の心情を代弁しているのでしょう。俗っぽい二人がいることで、鳴神上人の高尚さや孤独が対比的に際立ちます。

極めつけは雲の絶間姫のおなかが痛い作戦。急に雲の絶間姫が癪を起し(仮病)、その看護するために、鳴神上人は岩屋から降りてきてしまいます。そう、困っている人を助ける純粋な人なのです。鳴神上人の手は苦手(にがて=特別な力のある手。その手で押さえると痛みが治る)。その手で看護をするうちに女体に触れてしまい、鳴神上人は戒律を破ってしまいます。この聖から俗へと徐々に変身していく海老蔵さんの表情、すごく良かったですラブ

看護をする鳴神上人。けっこう際どい所作もあるのですが、決して下品でイヤらしくはありません。それは鳴神上人が依然として神聖さや高貴さをまとっているからでしょう。そしてその無意識の上品さや純粋さこそが逆に男性として大変色っぽかったりします。すごく良く計算されて隙が無いお芝居だなーと関心します。

次第に雲の絶間姫に夫婦の杯も勧められます。はじめ鳴神上人は酒臭くて嫌だといいますが、ついには飲み干してしまいます。数珠を捨て、名前も捨て、鳴神上人の神通力は完全に失われてしまいます。

雲の絶間姫も上わ手ですね~。わざと短歌の下の句を忘れて、鳴神上人に答えさせたり、身投げをする振りをしたり、仮病を使ったり。あからさまに下品に迫ったら鳴神上人に色仕掛けだとバレて弟子にしてもらえませんから、純粋に無垢に誘うところが絶妙です。鳴神上人も同じで、はなから好色だったらつまらない。戒律に厳しく、自分を律し、雲の絶間姫にとって挑みがたい、険しい人物であるからこそ、落とせるかどうかにハラハラドキドキしますね。

 

鳴神上人は後に殺されてしまいます。岩屋の階段を一歩一歩下りるところから、命の砂時計が少しずつ減っていくようで涙です。あんなに純粋な人だったのに・・・えーん

 

怒った鳴神上人は大迫力ビックリマーク内なる魂を爆発させて暴れ狂います。海老蔵さんの魅力は体中から発せられるこの非人間的な神々しいエネルギー。最後の飛び六方も圧巻でした。肩関節のしなやかさ、手先の柔らかさと下半身の力強さ。それらすべてが融合した身体芸術。気が付いたら涙がポロポロこぼれていましたえーん

 

幕切れも「助六」のように潔い。「終わらないで~」と思っているうちにあっという間に飛び六方でいなくなってしまいます。冗長じゃなくて、無駄が一切ない素晴らしいお芝居。幕が閉まった後はしばらく余韻に浸って動けませんでした。



「不動」
最後は、早雲王子の大立廻りがすごかったです。屋根の上でのスピード感ある立廻り。海老蔵さんの迫力ある所作が美しい。花道で大きな梯子を登って、梯子の上での引き抜きからぶっかえり。こんなことができるのかとびっくりしましたびっくり梯子の上で逆さづりになっていたのはどなたでしょう、市川新次さん?違うかも。すごかったです。

最後は、不動の降臨にてすべてが沈静させられ幕です。
いやー素晴らしいお芝居でした!


菊之助さんは、昼夜通して雲絶間姫が一番良かったです。海老蔵さんも昼夜通して鳴神上人が一番良かったです。この美しい2人が共演してくれたことに感謝です。舞台写真が楽しみドキドキそして未来の團菊がとても頼もしく楽しみでなりません照れ


團菊祭は、夜の部も良かったですが、やはり圧倒的に昼の部がおススメですビックリマークチケットが無くなっているのにも納得です。この組み合わせで、この演目は次はいつ観られるかわかりません。私は、千穐楽にも昼の部のチケットを取ってあるのですが、花道近くの飛び六方を迎える席で観たいなぁとふつふつと思いが沸いてきます。戻りチケットが出ればいいなあ。

今月は成田屋さんの懇親会もあるので楽しみです音譜嬉しいイベントを楽しみにしつつ、忙しい日々を乗り切りたいと思います。

 

※『苦手』の意味は「平成二十二年国立劇場歌舞伎鑑賞教室上演台本」P.47に書いてありました。